本来ここは私のいる場所ではない。
なぜなら、私くしこそは今や出荷量であの広島産をも凌駕しようという、誇り高き宮城産の生牡蠣なのだから。


一般に生食用の牡蠣といえば、細菌を除去する為、出荷前に紫外線殺菌装置にかけられ、牡蠣本来の旨みが薄れてしまうのが常だ。
しかし私は違う。
その生息水域の清浄さゆえに、水産担当部局より、そのままでの出荷を許されたエリート中のエリート。

もちろん貝毒や大腸菌、ノロウイルスなどとはまったくの無縁である事はいうまでもない。


有史以前から私達は人間とともに生きてきた、その事は日本全国の貝塚から出土する仲間達のなきがらが証明してくれる。
人と共に歩んできた歴史有る崇高な食物の末裔の中のエリート、そんな私が何故。


一体誰が取り違えたのだ、流通経路をどう間違えたのか、どこで下賤な生食用牡蠣と混ざりあってしまったのか。
今、私は無限軌道を描き回転するコンベアの上にいる。人はここを回転寿司(一皿100円)と呼ぶ。
唯一私のプライドを支えているのは、他の物が一皿に二個づつ置かれているのに対し、私だけが一つだという事。
腹の上に申し訳程度にレモンの切れ端をのせられ、宗教施設でもないのに、輪廻を具現化したような装置の上でしみじみと人生(貝生)の無常を感じているばかりだった。

                           

釣りの帰り道。
「今日も小メジナばっかり良く釣れたね」。それはそれでけっこう楽しかったけど・・・
「さて晩ごはんはいつもの回転寿司で済ませていこうか」
「あそこは安いし、美味しいからオレ大好き」
「うん、パパも結構気に入ってるんだ、あの店」


郊外型の回転寿司屋の駐車場に車を置き、派手なイルミネーションの付いた入口をくぐればそこは明るく広い店内。
「いらっしゃいませ、何名様ですか」大きな声が店中に響く。
見りゃすぐに二名だって事ぐらい判るだろう!と言うツッコミは声に出さず、指をVの字にして小さな声で「二人」と答える。
カウンターに案内されて、まずは自分でお茶を入れる。
空腹ですぐにでも寿司を取りたいのはやまやまなのだが、敢てゆっくりとお茶を入れる、間をとる、溜める、この儀式も回転寿司の醍醐味の一つ。
さてと、ベルトコンベア上を見渡し、おもむろに「しめ鯖」を取る、次に「鮪」、「縁側」と一気に食べる、これでとりあえず腹は落ち着く。
その後は、メニューをゆっくり見渡して注文を入れるのが私のいつものやり方。
もう私より遥かに食物摂取量の多い息子は、二貫ずつ口に入れるからあっという間に寿司皿は積み重なってゆく。

さっきから気になっていた事がある。
ベルトコンベア上を行儀よく連なって回る寿司達の皿から少し間隔をおいて流れている牡蠣。
多分単価が高いのだろう、皿の上に一つだけチョコンと乗せられてまさに孤高の様相、見渡しても仲間はいない。
しかし、その身は乾き、10分前いや15分前には張りのあるプリプリの身でいかにも旨そうなものだったろうに、今は見る影もない。
誰か取ってやらないかな、私は生牡蠣嫌いだから無理。
何十回さらし者になりながら廻り続けているのだろう、もう勘弁してやれ。


 

そうこうする内にまた目の前を通る、そのまま目で追っているとやがてベルトコンベアは調理場へと牡蠣を送り込んだ。
もう調理場で撤去するだろう、いくらなんでも。
調理場からの出口を横目で監視しながら赤貝に醤油をつけ口に運ぶ、と、そのとき。
見るも無残とはこの事か、再度登場した牡蠣の握りは斜め横に倒れかかりその身はだらしなく、くたっと皿に垂れ下がっているではないか。


Oh No!助けてやってくれ!誰か、誰か、お願いだから取ってやってくれ。
調理場の店員、なにをやっているんだ、誇り高かったであろうあの牡蠣をこんな目にあわせていいのか。
一体君達はなんだ、魚介類の提供をなりわいとして日々の糧を得ているのではないのか、ネタへの愛情は無いのか。
また来る、私の前に又来る、もう限界だ、Oh God(或いは仏陀)!

まさに、私の前を通り過ぎようとしたその刹那。
なんと、その皿は息子の手によって回転台から取り去られたのだった。
「エッ、それ食べるの?」
「いや、食べないけどなんとなく」
「パパ帰ろうか、もうお腹一杯だし」
「ああ、ああ。そうだね、うん、うん」


かくして、息子の機転と美意識、さらには私の財布から出た余計な100円の出費で彼は救われた。
レジから垣間見た、うず高く積まれた皿の一番上に鎮座する彼の姿は、頭をことさらに深くうなだれ、何かを、何かを祈るように見えたのは私の思い過ごしでは決してない、、、はず・・・。

 

※宮城産の牡蠣は本当に旨いんです。私は生はダメですが、焼いてもカキフライでも燻製でもとってもGood!。でも一番好きなのは、片貝の身の上にマヨネーズをびっしりとかけてレンジでチン。そのあと表面をバーナーで焙って焦げ目をつける、これが絶品なんですわ。

邪道ですかね。