私の友人S氏は埼玉県の川越市に住んでいる。
この人、その昔は田畑を広大に所有していた旧家の旦那で、今でも土地を企業に貸したり、アパートも数多く持っているから収入には余裕がある。
だから殆ど仕事らしい仕事をしていない。
本人は「結構色々と忙しいんだよ」と言うが、ウソだ。
その証拠に私が遊びに誘えば、ゴルフでもマージャンでも釣りでも二つ返事で応じてくれる、人柄温厚な根っからの善人でしかも遊び人。
そのS氏に浜名湖のキビレ釣りの話をした。
大体こういう場合、話が大袈裟になるのは釣り師の性(サガ)で、以前にもS氏と私の共通の知人から北海道は利尻島の鮭の話を大袈裟に聞かされて大勢で出かけた事がある。
「利尻の鮭の遡上は、ものすごいぜ」「海が一面鮭で真っ黒で、港じゃフェリーが群れに邪魔されて入港出来ない時があるんだ」。
「イカが多くて邪魔な国はジャマイカだろ」・・・ナーンジャそりゃ!てな調子だ。
実際出かけてみると、それなりに釣れるのだが言うほどの事はないのが常、そんなホラ話も結構楽しいから釣り好き同士では許される。
そんな脚色も交えてキビレ釣りの話をするとS氏、「連れてってくれー」となった。
夜釣りだから泊りがけ、しかも川越からは東京に住んでいる私よりもさらに40~50分道中に時間がかかるのだが本人は気にもしていない。
   
3月の中旬、まだ乗っ込みの初期に師匠とS氏と三人で湖上に出た。
今の時期はここだ、という師匠の判断で庄内湖の入口近く、牡蠣棚前の深場に船をつける。

と、早くも師匠が一枚、しかしその日はそれっきりで終了。
「自然相手だから釣れない事もあるさ」と私、「そうだよな」とS氏。
そして次の日、同じ場所に入ると私に一枚、師匠にも一枚。もちろんゲストに釣って貰おうとポイントがS氏の正面に来るように船を着けたのだが・・・。
東京に帰るとすぐS氏から電話が入る、「次はいつ行くの~」「俺は平日でもいいぜ」、次の週、また出かける事となる。 
      

そろそろ3番筋でと思って中央航路の14番に船を着ける。多少の風はあったが、ここは乗っ込み時期の大本命ポイント。
上げ潮で私がキビレ1枚、黒鯛1枚、師匠がキビレ1枚、マダカ1本、下げっ端にさらに私1枚、師匠1枚、なぜかS氏には来ない。
仕掛けも餌も全て同じだし、何とか釣って貰おうと思うから釣り座も一番釣りやすい場所に位置してもらうのだが・・・しかもS氏は釣りが下手な訳でもない。
その後も、師匠と三人で又は私と二人でと何回も釣行を重ねるのだがしかし、S氏に魚は来ない。
なんとかS氏に釣ってもらおうと悪戦苦闘すると、これがことごとく裏目に出るのだ。
一度など、私が師匠に「今日は当たりが少ないね」と小声で話しかけると、師匠曰く「俺餌付けてないから」という、師匠の意図を察して同じようにしようと仕掛けを巻き上げる。と、その竿に魚が付いているといった按配なのだ。
意地になったS氏はそのシーズン中、フルに私に同行したのは言うまでもない。
8月終盤、落ち群れを狙って内山海岸に船を着ける、「Sさん何回坊主だった?」と訪ねると「13回目だ」と怒りをこめて答える。数えていたのだ!
その日幸運にも落ち群れに当たり、とうとう執念で3枚のキビレを釣ったS氏は喜び勇んで川越に帰っていった。
しかしその後、S氏は二度とキビレ釣りに行こうとは口にしなくなったし、私もS氏の前ではキビレという言葉は禁句となってしまったのである。

 

舘山寺の夜景・観覧車は遊園地パルパル。