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朝鮮問題深掘りすると?

初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

ブログに反映しなければならない様々な問題が生じているのと関連して、ロシアのイタール・タス通信の書面質問に対する金正日国防委員長の回答に係わる連載を途中で止めなければならない状況です。重要な内容はほとんど言及しており、残るは朝・米、朝・日問題ですが、朝・日問題は、あくまでも日本の姿勢の変化がない限り現状の変化は見込めないのでとくに言及する事はなく、実際金正日国防委員長の書面回答でもワンフレーズで終わっています。「強盛大国」建設とと関連しては別のテーマで書こうと思います。


日朝問題で朝鮮側の言う事はそれ以上でも以下でもありません。ただ、気になるのは日本側の姿勢で最も欠けている点を国防委員長が指摘しているわけですが、日本のマスメディアにはそうした認識はないようです。そして「テレビでそう言っている」「新聞にに書いてあった」事は宇部て正しいといった、日本人のマスメディア信仰は根強く、通常マスメディアの言うこと以外の考え方、とらえ方を無条件否定する人々が圧倒的に多いという悲しい現象で充満しているというのが日本の現状だということを指摘しないわけにはいきません。


その結果日朝問題はこじれにこじれ、一度冷静になって日本側の集めた情報が全て正確なものなのかどうかということが再度検証される必要があるというのが現状です。土台日本側の一方的な主張だけが正しくそれが充足されない限りだめだというのでは、交渉自体が成り立ちません。それが常識というものです。
この問題についてはこれ以上深入りしないことにします。


朝米問題では最近第2次朝米高位級会談がジュネーブで行われたのでそれに変えようと思います。そういうわけで連載は今回で終えようと思います。つい最近、6者会談を巡る朝米高位級会談がジュネーブで行われました。日本の報道では相変わらず何がどう話合われたのかはっきりとせず、従って会談の意味がまったく分かりません。


ッサ手ジュネーブ会談がが今月24,25日の両日にわたって行われましたが、会談が終わった後にキム・ギェグァン第1次官は「1次会談の時に合意したのに基づいて朝米関係改善のための信頼構築問題を集中的に論議した」と発言しています。また「極めて肯定的であったし,大体において建設的であった」とかたっており、ボズワース米代表も「いくつかの問題で意見の差を縮めたし残りの問題でも差を縮めようと努力した」とやはり肯定的に評価しています。そして両者とも次回会談が必要だと言う点でも一致した姿勢を見せています。


キム・ギェグァン第1次官の発言は今回の会談で主に何が論議されたのかが判るくだりです。そう、信頼関係構築問題が深度深く話合われたと言うことです。もちろん日本では報道されませんでした。アメリカ一辺倒の報道姿勢が良く現れています。朝鮮側の言動にはまったく気を遣っていないのです。


6者会談は朝鮮半島の核問題を巡るものであって,直接に朝米両国の信頼関係醸成問題に付いて話合う場ではありません。もちろん朝米関係改善問題も議題にはなっていますが,それは核問題が解決した上でのことだとされてきました。また朝米会談は6者会談再開問題について話合う場推されてきました。


その話し合いの場で朝米信頼関係について話合ったというのはどういう事でしょうか。朝鮮側は朝鮮半島の核問題がアメリカの敵視政策の鬼っ子であり、アメリカの対朝鮮敵視、戦争政策さえなくなれば核問題は簡単に解決できると再三にわたって主張してきました。つまりアメリカの対朝鮮政策の根本的変化があれば,その結果として朝鮮半島の核問題は解消されると言うことです。


ちなみにウィキペディアによればキム・ギェグァン外務省第1次官(当時は6者会談朝鮮側首席代表)は非核化の最終段階の姿を「核兵器と朝米関係正常化の交換」だといっています。2008年5月末に北京で開かれた南北6者会談首席代表会談での発言だと言います。今回の発言とも通じる発言で朝鮮の主張が終始一貫していることが見て取れます。またそれは朝鮮半島核問題の歴史的、根本的問題の解消に直接繋がる問題提起です。


ところでこれまでの訪米会談は、6者会談の核心的問題とされてきた朝鮮の核開発問題を巡って行われてきたのであり、6者会談ではその解決策として段階的問題解消という方法論に基づいていました。そしてその段階的解決を同時行動の原則で実現しようというものでした。


だが、キム第1次官の発言は朝鮮の核問題解決の接近方式自体が変わっている事を示しています。つまり朝米間の不信の根元をえぐり出し,それを解決することで核問題解決に接近しようという別の接近方法について話合われたのだと考えられると言うことです。つまり朝鮮半島の核問題の核心的問題を正面に引っ張り出し,その解決に基づいて核問題を解消しようというわけです。


これについて朝鮮新報は次のように指摘しています。「過去の6者会談では段階論に基づいた問題解決の方途について論議された。「核施設の無力化」対「政治経済的保障」のような「行動対行動」を積み上げようという方式であった。だがこれからはそうした迂回路を取らずに根本問題を解決しようというのが朝鮮の主張である。キム・ギェグァン第1次官は朝米双方がニューヨークでの第1次朝米高位級会談でこの点に関する合意があった事を確認している」
つまり迂回せずに直行する事で朝米が合意をみたというのです。つまり問題解決の最短距離を取ることで合意したと言うわけけです。

http://www.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52176


キム第1次官がジュネーブ会談後に「1次会談の時に合意したのに基づいて朝米関係改善のための信頼構築問題を集中的に論議した」と発言したのはまさにこのことを意味していたのです。ちなみにウィキペディアによればキム・ギェグァン外務省第1次官(当時は6者会談朝鮮側首席代表)は非核化の最終段階の姿を「核兵器と朝米関係正常化の交換」だといっています。2008年5月末に北京で開かれた南北6者会談首席代表会談での発言だと言います。


参照⇒http://ameblo.jp/khbong/entry-11060181376.html


だとしたら朝鮮半島の核問題は新しい接近方法を模索し始めたと言うことになります。これについて朝鮮新報は「非核化という目標に変化はないがそのための行動措置の順序や手続きはかわったと言うことだ」と指摘していますが、かりにそうだとしたらこれまでのロードマップはどうなるのでしょうか。やはりもう少し検討が必要なようですがいずれにせよ、問題の設定方法を変更するということのようです。


朝鮮新報はこれについて「いわばいま朝米は6者会談が再開されたときに確認される新たな非核化のロードマップの草案を作成しているといえる。そのロード・マップの内容や行動措置の順番や時点は未だに外部には漏れていないが6者の全体的な構図でそれが先行されるべき課題である事は間違いない」と書いていますが、当たらぬも遠からずと言うことでしょうか。


他方、アメリカの朝鮮問題担当官が全て変わった点も見逃せません。朝鮮問題を統括する国務省副長官がジェームズ・スタインバーグからビル・バンスに変わり、6者会談特使がソン・キムからクリフォード・ハートに変わり、北朝鮮特使が捨てティー文・ボズワースからクリン・デービスIAEA駐在大使に変わりました。こうしてアメリカの朝鮮ラインはクリントン国務長官→バンス副長官→カートキャンベル東アジア次官補→デイビス特別代表→ハート特使になったわけです。


デービス新朝鮮問題特別代表が非拡散グループに属しておりボズワースよりも強硬派であり、ハート特使は米海軍の外交政策諮問委員であるので、幾分強硬なスタンスが見え隠れしており、仕切り直しを主張する朝鮮の意見に応じることになるのか、まだよくかりませんが、大きくいまの流れを変えることはないと思われます。


朝鮮はアメリカが問題の解決を拒むほどに核武装を強化発展させています。それがこれまでの6者会談の経過でした。だがすでにオバマ政権にはそれほど猶予がありません。このまままではカーター前大統領の前轍を踏む可能性すら排除できません。


アメリカの国際社会での地位の下落は明博です。最早覇権などは通じません。国連や安保理を道具にしていた時代は早々終焉を迎えつつあります。この傾向は簡単に止まらないでしょう。こんな時に朝鮮問題を近視眼的に捉えていては時間を浪費するばかりです。アメリカも果敢に問題解決に臨むべきでしょう。アメリカが決断を遅らせるほどに朝鮮は核武装を強化すると言っていますし、事実そうなってきました。


アメ入りカの強硬策は、墓穴を掘っているのと同じ効果をもたらしてきたことを忘れるべきではないでしょう。朝鮮はリビアでもイラクでも、ないのですから。(了)

朝鮮問題深掘りすると?


連載の途中で割り込みます。韓国でソウル市長選挙の投票が行われ市民社会勢力が推すパク・ウォンスン氏がハンナラ党のナ・ギョンウォン候補を打ち破りました。最終投票率は48.6%,得票差は7.2%ポイントでした。中央3大紙の予想はことごとく外れたわけです。


それにしても当初はパク候補有利との観測が大勢だったのが徐々にナ候補が追いかけ最後には薄氷の差で決まるとまで言われた選挙でした。それにしても相手候補に対するネガティブ攻撃がこれほど行われたのもあまりないでしょう。ですが、ナ候補のパク候補に対するネガティブ攻撃がそのままブーメランのようにナ候補に襲いかかるという特異な選挙でもありました。


今回の市長選は2MB政権審判の性格を持つと言われ、来年の総選挙や大統領選挙の行方を占う上で極めて重要な意味を持つ選挙でしたが、その選挙でソウル市民はアンチハンナラ党、アンチ2MB(イ・ミョンバク)感情がどのようなものなのかをはっきりと見せつけました。


とくに20~40代有権者の票がパク候補に集中し、過去とは違った様相を見せています。

それは過去のいわゆる「政党政治(韓国の政党は未だにボス政治がまかり通り,政党政治にまで進歩してはいませんが)」に対する不信とあきらめが市民社会運動の登場によって,それへと吸収されていく過程にある事を示しています。つまり韓国の政治構図、力学が変容していると言うことです。


もう一つ重要な点はろうそくデモや、祝祭形式を取ってきた韓国の市民運動がその限界を感じ取り,より具体的で直接的な行動に移りつつある事を示しています。彼らは投票用紙をペーパー・ストーンに変え現政権に投げつけはじめたのです。パク候補の勝利はそれがどれだけの威力を持っているのかを見せつけました。しかもそのペーパー・ストーンは来年4月予定の総選挙、来年末の大統領選挙でも猛威をふるう可能性を秘めたものです。

それゆえ2MBとハンナラ党が感じた恐怖心は深刻なものでした。


もちろんだからと言ってそれが全てではありません。ソウル市長選に隠れていたのであまり知られてはいませんが(日本でも報道はされませんでした)、同時に行われた他地域での選挙は少し趣が違います。


江原道インジェ群守再選挙,忠北の忠州市長再選挙、忠南の西山市長再選挙、ソウルリャンチョン区長再選挙などではハンナラ勝利、民主敗北でした。民主党は票田である湖南の全北ナムウォン市と全北の純昌郡二カ所だけで無所属を破って勝利しただけでした。


つまりソウル市長選を支配した市民感情は地方にまで拡散してはいなかったか、もしくは拡散してもそれがそのまま民主党支持に繋がらなかったと言うことです。民主党の限界でしょう。


もちろんソウルの占める位置を考えると、これらはとくに大きな問題ではないでしょう。まずソウルでの勝利は大きな象徴的意味を持っています。また盆休みのソウル市が閑散としているのを見てもソウル市民の大多数が地方出身者である事が判っています。その彼らを通じて時々刻々とソウルの市民感情は全国に拡散していくのです。各民主市民団体がそれぞれ全国組織を持っており,それらを通じても伝えられるでしょう。ソウル市長選で現れた反MB情緒が地方に拡散するのは眼に見えています。


他方、ハンナラ党には非常灯が付きました。赤信号がともったのです。もちろん来年の総選挙のことです。

実際、ソウル市長選挙での地域別得票何時を見ると,ハンナラ党が安心できる地域は金持ちの集まる富者洞-江南3区など4つの地域しかありませんでした。ソウル所在国会議員の地域選挙区48の内自己地域を除けば44人の現役代議員が活動中ですが、そのうちハンナラ党は36人で,無所属が1人、民主党が7人です。


ところが今回のソウル市長選でのソウル市25選挙区の得票率を見ると、ハンナラ党のナ候補を選んだ地域は4選挙区しかありません。去年のオ・セフン前市長が江南、西草、ソンパ、竜山,ヤンチョン、ヨンドゥンポ、中区、江東区で民主党候補を破りましたが、今回はそれが4つに激減したのです。


この4つの地域を選挙区とするハンナラ党議員は総6人です。もちろん地域ごとに事情は違い、ソウル市長選と国会議員選は違うと言えないこともありませんが、ソウル市長選がハンナラ党対市民勢力の構図で行われた以上、地域選挙区でのナ候補の得票率は決して無視できないでしょう。


ナ候補の得票率はそのままハンナラ党の得票率だと考えても大きく間違えないでしょう。韓国の専門家らは来年の総選挙でハンナラ党がソウルで獲得できる議席は19~15議席程度だという予想まで出しています。


しかもすでに見たようにアンチハンナラ党情緒の強い20~30代の投票率は伸びる傾向を見せています。今回の選挙でも午後3時現在の出口調査ではナ候補が優位でしたが、午後8時の出口調査ではパク候補が逆転していました。仕事帰りの若い人たちが大挙投票所を訪れたのです。


かれらはろうそくでは何も変わらない、投票用紙を石にして投げろと投票所に来たのです。明らかに意識の変化を見せています。

この傾向は来年も続くでしょう。そして彼らの反MB感情は総選挙でより明確な形で表れるでしょう。


ソウル市長選はいわゆる「パク・クネ大勢論」「パク・クネ待望論」に冷水を浴びせました。パク・クネがナ候補の応援に駆けつけたのが、大して影響を与えなかったというのです。実際パク・クネはナ候補が起死回生の手で引っ張り出したわけですが、そうはならなかったというわけです。


これまでハンナラ党の中央とは一定どの距離を保つことで、ハンナラ党に対する大衆の非難が自分に及ぶのを避けてきたパク・クネでしたが、この際に顔を出しナ候補が当選でもしたらハンナラ党次期大統領候補確定だと踏んだのでしょうが、まさに自分を見誤ったようす。


すでにパク・クネ「体制論」「待望論」はバブルに過ぎないという見方が生まれています。これもまた見逃せません。

つぎに金正日国防委員長は朝鮮半島の核問題の本質と6者会談について次のように指摘しています。
「全朝鮮半島非核化は偉大な金日成主席の遺勲であり、わが共和国政府の終始一貫した立場です。朝鮮半島核問題はわが人民の自主権と安全を恒常的に威嚇しているアメリカによって作られました。
自主権は国と民族の生命です。われわれはアメリカの露骨な核威嚇と加増する敵対視政策から自己の自主権を守るために核抑止力を保有するようになりました。」


まず「朝鮮半島非核化」という言葉に注意を促したいと思います。世間では「北朝鮮の核問題」あるいは「北朝鮮の核開発問題」と表現していますが、実はこの言い方は正確ではありません。この言い方はアメリカが問題の原因と未だに解決出来ないでいる責任を朝鮮側に押し付けるために作り上げた言い回しで、この表現は不正確であるばかりか、問題の発生原因、本質、未解決の原因など全ての責任から逃れるために意図的に使用されてきた面があります。日本でこの言葉が市民権を得ているのも政治家やマスメディアが事態を把握するための努力を放棄し,アメリカの一方的な主張に乗っかったためです。


まずこの問題が生じた歴史的原因とその原因を作り出した実際的責任がどこにあるのかについて正確な認識を持つ必要があるでしょう。


朝鮮半島に核問題が生じたのは朝鮮戦争の時でした。1951年には劣勢に置かれたアメリカ軍が核兵器の使用について当時のアメリカ大統領トルーマンに要請しました。もっとも結局は使われなかったのですが、朝鮮戦争を通じて創建されたばかりの両国の同盟関係の力を思い知らされたアメリカは,再び紛争が起きたときには躊躇せずに原爆を使用するという隠された戦略を立て、その準備を急ピッチに進めたことから生じたのです。


実際、1957年5月14日、米国務長官ダレスが記者会見で韓国に対する核配備計画があると公式に明らかにし、同日国防長官ウィルソンは配備される核兵器にはヨーロッパに展開されたのと同じく「オネストジョン」など数種の核ミサイルが含まれると語っています。


1957年7月15日には米国防当局が、韓国に原子戦を展開する5個戦闘部隊を配備すると明かし、翌年の2月3日には米第1軍団飛行場で、記者らに韓国に配備した280ミリ原子砲とオネストジョン・ミサイルなどを公開しました。朝鮮半島での核戦争を準備するアメリカの行動はその後も続き、1975年6月の合同通信は、5月30日、米下院での1976年度国防予算を審議する際に、韓国に1000余の核兵器と54機の核搭載機が配備されていることが明らかにされました。


また1986年 11月15日付け韓国日報が伝えた米国防省発表によれば、米国はヨーロッパを除く地域では韓国に最初に1個大隊のランス・ミサイル舞台を配備しているとつたえました。


こうして朝鮮は戦後から今日までの70年以上もアメリカの核攻撃の脅威にさらされて来たわけです。

例えば1976年から10年にわたって限定核戦争を想定し、エア・ランド・バトル(空地戦)とディープ・アタック(縦深攻撃)を基本にしたチーム・スピリット戦争演習が強行されてきましたが、それは対朝鮮核戦争政策、敵視政策の直接的表れでした。ブッシュ(息子)時代には朝鮮は先制核攻撃の対象にあげられました。


現在の核問題は朝鮮が電力生産のために試験運転していた黒煙沸騰型原子炉が、兵器用プルトニウム生産のためだとするアメリカの勝手な思い込みと、それを阻止するための一方的な政治、経済的圧力をめぐる問題として浮上したものでした。


しかし例えそうであるとしても朝鮮をターゲットにしたアメリカの核戦争戦略は現存しているのです。それは朝鮮半島核問題の歴史的原因が今に繋がっていることを示しています。朝鮮はアメリカのこうした核攻撃威嚇が自らを滅ぼすことだと言うことを知らしめるために、また長年にわたる、そうした核先制攻撃の恐怖から国と民族を解放するために、その抑止力として核先制攻撃能力を持つ必要があったと言うことです。また朝鮮半島が未だに「一時撃ち方止め」の休戦状態にあるという現実は、その必要性を倍加させています。そして年例行事のように毎年強行されている米韓核軍事演習に見るように、事情は今日も根本的に変わっていません。


こうした状況は、朝鮮半島の非核化が、朝鮮側に一方的に突きつけられるべき性質のものではなく、米国にも同等に突きつけられるべき問題だということを教えています。朝鮮の非核化政策はまさにその出発点をここにおいているのですが、朝鮮の非核化について語る多くの人々がこの点を看過していることは非常に残念なことです。


もちろんこれが世間に知られてはアメリカが困ることでしょう。自国の核戦略を根こそぎ変えなければならなくなる危険を買うことになるわけですから。とくにアジア政策は根本的に変えなければならなくなるでしょう。それは日本にとっても困ります。ですから日本は問題を歪曲して「朝鮮半島の核問題」ではなく「北朝鮮の核問題」にとどめる必要があるのです。マスメディアは本能的にそれを感じ取り、加えて無能な記者らの写し書き能力を越えられない資質の問題もあって、やはり問題を「北朝鮮の核問題」に歪曲するのに必死なのです。


金国防委員長が「われわれはアメリカの露骨な核威嚇と加増する敵対視政策から自己の自主権を守るために核抑止力を保有するようになりました。」と指摘したのはこういうことでしょう。


さて金国防委員長はつぎに「今回、朝ロ最高位級会談で見解の一致を見たように、前提条件なしで6者会談を一日も早く再会し、9.19共同声明を同時行動の原則で全面的に,均衡的に履行することによって全朝鮮半島の非核化を実現しようとのわれわれの原則的立場に変わりはありません。」と6者会談について指摘しています。

元来6者会談は朝中米による3者会談を行おうという朝鮮側の主張にたいして、交渉における数的優位を確保するためにアメリカ側が要求したものでした。


現在アメリカと朝鮮は6者会談再開問題で両者会談を行っています。主な意見の違いは朝鮮側の「無条件再開」の主張とアメリカの「朝鮮の先行措置実施後の再開」主張間の溝にあります。米の主張は朝鮮の言葉は信じられないと言うことが前提になっていますが、朝鮮はそれをそのままアメリカにかえしたいはずだと思います。


朝鮮は「9.19共同声明を同時行動の原則で全面的に,均衡的に履行する」事を要求しています。朝鮮がなぜこれを主張するのかというと、6者会談が中断した原因がまさに、9.19共同声明で合意したことが「同時原則」のもとで履行されなかったためです。


アメリカは9・19共同声明で合意を見た措置の実行段階に入るや偽ドル、偽たばこ問題など核とはまったく関係ない問題をでっち上げては朝鮮に圧力を加え,屈服させようとしました。元来9.19共同声明を採択したアメリカの本根は「北朝鮮は長く持たない」という考えにありました。従ってどんな問題でも良いからでっち上げて9.19共同声明を履行できなくすればよいと計算していたのです。衛星の打ち上げの際もその手を使いました。こうしたアメリカの態度に対する警告が核実験だったのです。ウラン濃縮施設の公開もそのように受け取られるべきものでした。


そしてアメリカが朝鮮の実力を認め9.19共同声明に戻り「同時行動の原則」に忠実に、それを実行さえすれば当面の核問題は解消されると言っているのです。それが金国防委員長の言う「、9.19共同声明を同時行動の原則で全面的に,均衡的に履行」すると言う言葉の意味です。


最後に朝鮮の外交原則と関連して注意を向けるべき内容があります。国防委員長は次のように指摘しています。
「われわれはロシア側と共に国際舞台での強権と専横に反対し、公正な国際秩序を樹立し、アジアと世界の平和と安全をまもるために引き続き努力するでしょう。」この言葉は、いかなる場合でも朝鮮の外交は、「国際舞台での強権と専横に反対し、公正な国際秩序を樹立し、アジアと世界の平和と安全をまもるため」に進められるだろう事を示しています。


当面した国の事情と実利によってころころと変わるような原則のない外交ではなく、あくまでも覇権に反対し、公正な国際秩序のために、そして平和と安全を守るために外交を展開していくと言うことです。韓国や日本のように同盟の罠にはまり、盟主の事情が全てを左右するような外交、盟主の手から一歩も離れられない盟主次第の外交、自国の利害ではなく盟主の利害に左右されるような外交ではなく、「強権と専横に反対」し「公正な国際秩序の樹立」と「アジアと世界の平和と安全をまもるため」に主体的立場で全てに対応する外交を堅持していくと言うことです。


(続く)