コーエン元米国防長官の発言に見るアメリカの憂鬱 | 朝鮮問題深掘りすると?

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「アメリカは5年前よりも自信を失っているようだ。アメリカがこのようにな自信感の欠如に直面しているというのが中国の受ける印象である」


9日、韓国の新羅ホテルで統一部が主催した「コリアグローバルフォーラム」でのチン・チャンルン中国人民大学国際関係学院副院長の発言です。

この発言は同フォーラムで行ったアメリカのウィリアム・コーエン元国防長官が講演のなかで行った発言に対する反論でした。


コーエンの講演は北朝鮮問題について中国の役割を必要以上に求め、中国の北朝鮮政策に不満をぶつけるようなものでした。「中国は安保問題のために朝鮮半島の統一を嫌っている」「中国の経済力は拡大しており、軍事力もより強化されるだろう。これに伴う責任もあるはずだ。中国は世界が見た場合、いっそう建設的な役割を担当すべきである」「中国が世界強国になる上で、北朝鮮を抱擁するのは助けにならない。今後中国は北朝鮮に対してもこれ以上の支持はしないだろうと思う」


中国が世界強国としてアメリカとともに世界を管理するために歩調を同じくすべきだというわけです。ここにはアメリカの利害を侵犯するな、世界的利害を腑分けし、互いに分かち合おうという強盗的論理が隠されています。


チン・チャンルン副院長の発言はこれに対する直球攻撃でした。彼はこう言いました。「アメリカは自信にあふれる国家であった。中国が何と言おうがワシントンは相手にしてこなかった。しかし最近は中国の一人の将軍が(米韓合同軍事演習について)ひとこと言っただけでアメリカは反応する。われわれはアメリカ内に不安感があるのではないかと考えている」


チン副院長の言葉にはアメリカが自分が思っているように超大国であるのなら、北朝鮮問題を中国に押し付けるのではなく自ら進んで解決するか、超強大国の地位を失ったと思うのであれば、中国の対外政策に対して曰可曰不すべきではないという非難が含まれていると言ってもよいでしょう。


このような非難に対してコーエンは効果的な反論を展開することが出来なかったようです。実際彼は「アメリカ国内の状況が簡単ではない。アメリカ国内の問題が多くて世界のことは彫っておけという越えも多い。アメリカがリーダーシップを引き続き提供しなければならないのかという疑問を持っている」「アメリカはロシア、中国、ブラジルなどの国家が浮上するのを目撃している。これはどうしようもない現実だ」といいながら「誰かがコンセンサスに導く役割をしなければならないが、新たに浮上する国家がその役割を担えるだろうか、良かれ悪しかれアメリカは世界の安定化に役割を果たさねばならない」と苦しい言い訳をしています。


実際、アメリカは国家的危機を迎えつつあるようです。いくつかの参考資料を挙げます。ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンプリンストン大教授は、アメリカが現在第3の不況の初期段階にあり、ダブルディップは避けられないと警告しています。経済史学者のニアル・ファーガソンハーバード大教授は莫大な財政赤字問題が最後までアメリカ経済の足を引っ張るだろうと警告しています。


また現在アメリカの国家債務はIMFの推定によれば13兆ドルを越え、2012年にはGDPよりも多くなると予想されています。


6日の韓国の連合ニュースは米国民の81%が経済状況が劣悪だと認識しているとの最近のCNN世論調査の結果を報道しました。


2日付けのファイナンシャル・タイムスはブルムバーグ通信の報道を引用して今年に入り8月までに100万人近い消費者が破産を申請したといいます。アメリカ破産研究所は今年の破産申請推移を考慮すれば今年中に160万人以上が破産申請をするだろうと予想しています。同研究所によれば昨年の破産申請者数は141万人で2008年より32%も増えたといいます。アメリカの経済は基本的に個人消費頼みの経済なので個人破産者の増大は間違いなくアメリカ経済の足を引っ張り、デフレの慢性化をもたらすのではないかという危惧さえ生まれています。


このようなアメリカ経済力の低下はアメリカの世界的地位をすこぶるゆさぶっています。

次の言葉はそれを特徴的に示しています。9日の連合ニュースが伝えたものですが、ブラジルの大統領が8日(現地時間)、ミナスジェライス州でのアル公共事業の着工式で語った言葉です。


「アメリカはとんでもない大国なのでアメリカと喧嘩はするなといわれてきた。しかしわれわれは綿花問題でアメリカと喧嘩してWTOで勝ったし、砂糖問題でもアメリカと喧嘩して勝った」「象は図体が大きく鼻も長いが、実際ねずみを横におき、象がどれだけ慌てふためくのかを見ろ」


アメリカを小さなねずみに苦しめられている象だと比喩したのです。もちろんブラジルだけの力がそれを実現したわけではありません。同地域のメキシコ、ボリビア、などの鼻息が荒く、南米国家連合と米州のためのぼりバール同盟(ALBA)などの地域機構の登場とその活動強化がアメリカの影響力の低下をもたらしており、ブラジルが堂々とアメリカと「喧嘩」することが出来る国際的環境を作り出している点を見逃すことは出来ません。とくに南米大陸の12カ国が参加している南米国家連合(ベネズエラ、キューバ、ボリビア、ニカラグア、ホンジュラス、ドミニカ、エクアドルとカリブ海地域の9小国)の存在は大きく、今やアメリカが南米諸国に対してすき放題にすることは出来なくなっています。しかも中南米ではアメリカとカナダを除く中南米国家による国際機構を創出しようという中南米-カリブ国家共同体創設の動きが始まっています。


アメイリカの力の低下、影響力の低下ははっきりしています。そしてその力の低下が、「天安艦」事件を契機にいっそうはっきりと現れた朝鮮問題を巡る対中関係で著しく表面化しているわけです。しかもそれは一方でのアメリカの力の低下と他方での中国の力の拡大という相乗関係の中で現れています。


そしてその中国のスタンスは今年2度にわたるキム・ジョンイル国防委員長の訪中を通じて明らかになったように、北朝鮮との伝統的友誼の強化にあり、しかもその伝統的友誼が利害の完全な一致に基づいて、いっそう強化されるであろうことを明らかにしているのです。


「中国は安保問題のために朝鮮半島の統一を嫌っている」というコーエンの発言は、中国の対外政策の変更を見ることが出来ず、したがってこうした朝中関係の実相を見ることなく、あたかも強国である中国がアメリカと同じような眼で世界を見、朝鮮問題を認識していると勝手に思い込んだ結果生まれた、幻想に立っていることを良く見せてくれます。


それは超大国の地位から黄昏に向かって落下し始めたアメリカの心情を良く見せてくれます。こんな状態で情勢の流れに立脚した朝鮮政策を考え出すのは不可能でしょう。「天安艦」事件に対するアメリカのアプローチにもそれは色濃く現れています。オバマ政権があいも変わらず「制裁」一点張りの強硬策から抜けきれず、自ら問題解決のチャンスを見逃しているのを見ればそういわざるを得ません。

誰しも自分よりも格下と勝手に思い込んできた相手に手痛い反撃を食らうと当惑して、冷静な判断を下すことが出来なくなるのと同じです。放棄することの出来ない世界覇権国家としての地位、野望と、止まることを知らぬ急激な力の減退という相反する現状を前にして悩み、自信の喪失と焦りに悩むコーエンの姿にオバマ大統領とアメリカの姿を見ることが出来そうです。