どう見る李根局長の訪米 | 朝鮮問題深掘りすると?

朝鮮問題深掘りすると?

初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

朝鮮外務省の李根米州局長ら一行の訪米中に行われた米朝会談についての、米側の評価が出たようです。2日、米国務省のケリー・スポークスマンは定例のブリーフィングでニューヨークでの米朝接触について、「ソン・キム大使がとても有用な論議を行った」と肯定的に評価しています。かれは「われわれの目標に近づくための討議などがあった」とし「その目標はまさに6者会談の再開」だと言ったそうです。


ですがこのアメリカの評価は、2日の外務省スポークスマンのインタビューで明らかになった北朝鮮の認識とは随分と開きがあります。朝鮮外務省スポークスマンは「この接触は朝米会談のための予備接触ではなかったし、したがって接触では朝米会談と関連して実質的な問題が討議されたものはない」と線を引いています。

そしてさらに米朝対話では「敵対関係の清算及び信頼醸成の問題を論議した後に、その結果を持って6者会談を含む多者会談を行うことができる」とこれまでの主張を繰り返しながら、「いまやアメリカが決断を下す番だ」と言っています。


しかし他方ではこれとまったく違った評価が出ています。アメリカの外交専門誌「フォーリン・ポリシー」の3日付けの記事がそれです。これによれば、米朝両国が2回の公式会談を持った後に多者会談を開くことで合意したというのです。この雑誌によればアメリカは①多者会談への復帰前に2回の両者会談開催、②スティーブン・ボズワース対北政策特別代表の訪朝時にカン・ソクチュ外務省第1副相との面談、③2005年9.19共同声明の遵守及び迅速な核プログラム放棄、核不拡散条約(NPT)体制への復帰、など3つの条件を出したと言います。


そしてこれに対して朝鮮側は、「両者会談の結果が良ければ多者会談に復帰するとの既存の立場をとは違って」、①と②については「同意」あるいは「特に異見がなかった」が、③については「朝鮮半島の非核化構想」という土台の上で会談を再開すべきだと反対の意を示したと伝えています。


いかがでしょうか。ケリーの発言とフォーリン・ポリシーの記事、そして朝鮮外務省スポークスマンの発言はそれぞれ違っています。もっともケリーの発言とフォーリン・ポリシーの記事は一脈通じるところがあります。「ソン・キム大使がとても有用な論議を行った」あるいは「われわれの目標に近づくための討議などがあった」と言う発言の内容がフォーリンポリシーの記事だと思われる点がそうです。


だが、朝鮮外務省スポークスマンの発言とは随分と開きがあります。アメリカから流れてくる情報によれば、李根局長との会談は米朝「予備接触」的性格を帯びたということになりますが、朝鮮側は「予備接触ではなかったし、朝米会談と関連して実質的な問題が討議されたものはない」ときっぱりと言っているのですから。


ではどちらの発言が真相に近いのでしょうか。まずフォーリン・ポリシーの記事ですが、①はありえないと言ってもいいでしょう。事前に会談の回数を決めるなど実に非現実的だからです。もしそれが本当ならば、今回の会談で米朝間の問題について基本的合意が両者間で見られたと考えるしかありません。となると③の問題にこだわる必要も薄れたと見るほかありません。


ところがケリーは先の発言に続き、北朝鮮が燃料棒再処理を終えプルトニウムの兵器化で「注目すべき成果を得た」と発表したことについて「関係国が慎重でレトリックを柔らかくし、緊張を醸し出すような如何なる行動も慎むべきだ」と述べながら「6者会談の脈絡の中で、6者会談参加国の指示とこれら諸国との調和の中で北朝鮮と両者会談を持つ用意がいまだにある」「いつ、何処でこのような両者会談を持つことになるのかについての結論を下せないでいるだけだ」と述べているのです。


この発言は、肝心な点であいまいです。「用意がいまだにある」と言う表現は、「まだうまくいってはいないが考えに変わりはない」と言い換えても良い表現です。「2回にわたる会談」で合意を見たとの報道とはかけ離れています。


さらに朝鮮外務省スポークスマンの発言が、李根局長がまだ帰国する前にあったという点も見逃せません。正式の帰朝報告がある前にすでにアメリカの言動に反応しているわけですが、その反応が「(朝鮮の)立場を明らかにした以上、今度はアメリカが決断を下す番だ」「アメリカにまだ対面する準備が出来ていないのならば、われわれもその分わが道を進むだけだ」という強硬なものでした。


そしてこの報道があった次の日に、フォーリン・ポリシーの記事が出たのです。もちろん記事の納稿や印刷などを考えたら、それより数日前にはできていた記事だと思わざるを得ないので、フォーリン・ポリシーの記事はアメリカの筋書きが反映されているものと考えられましょう。つまりアメリカが言いたかったことを公表したようなものだったわけです。


ですからケリーの発言とフォーリン・ポリシーの記事は一脈通じるところがあったわけではないでしょうか?
そしてこうしたアメリカの姿勢に対する答えが朝鮮外務省スポークスマンの発言だったと見た方が良いと思います。ケリーは会談の時期と場所の問題だけが残っているような言い回しをしましたが、それは二次的な問題です。内容で合意を見ればそれにふさわしい場所は自ずと決まることでしょう。問題は米朝会談の内容にあるのです。


つまり内容がまだ煮詰まってはいないと言うことです。ただし、「関係国が慎重でレトリックを柔らかくし、緊張を醸し出すような如何なる行動も慎むべきだ」「関係国が慎重でレトリックを柔らかくし、緊張を醸し出すような如何なる行動も慎むべきだ」「用意がいまだにある」などといったケリーの発言や、ケリーが李根局長を「朝鮮民主主義人民共和国(DORK)大使」と呼称した点にも見るように、アメリカに今の対話局面を閉ざそうという馬鹿げた考えは今のところまだなさそうでもあります。