強盛大国建設に自信 「制裁」は問題外 | 朝鮮問題深掘りすると?

朝鮮問題深掘りすると?

初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

北朝鮮が6者会談の破綻を宣告したのち、アメリカ、日本、韓国の6者会談再開に向けた必死の動きが続いている。対朝鮮直接対話を嫌がるアメリカ、北朝鮮に対する圧力パイプを失いたくない日本と韓国、それぞれ理由は違っているが、6者会談の再開に向けて必死である。だが、北朝鮮の姿勢はそうした必死の努力が、徒労に終わる他ないとの展望を与えている。


米日韓は、一方では「制裁」や「封鎖」を強化し、他方で「対話」の呼び水を与えれば、2012年強盛大国開門のスケジュールを至上命題としていることから、北朝鮮が折れてくるしかないと高をくくっているようだ。


だが、果たしてそうだろうか。北朝鮮に支局を置いており、日本で北朝鮮情報がもっとも正確(従って信頼できる)、かつ多量に紹介されている「朝鮮新報」(インターネット版)の7月29日号に、朝鮮社会科学院経済研究所のリ・キソン研究士のインタビューが掲載されているが、6者会談破綻-新たな対話の枠組みが必要と主張する、北朝鮮の揺ぎ無い姿勢の根底にあるものが、経済的側面から言及されている。とくに「制裁」、「封鎖」に対する北朝鮮の考え方もしくは捉え方がよく判るので、ほとんど全文を紹介しようと思う。前々回、前回の北朝鮮外務省代弁人の談話と併せて読んでいただきたい。


「2012年の構想は突然出てきたのではなく、10余年間にわたる強盛大国建設の合法則的路程にしたがって示された目標だ。経済的に言うならば、自立的民族経済の土台に依拠して、その潜在力を強化した基礎の上で、強盛大国の大門を開く時点が設定された。
外資を導入するとか、援助を受けるというような、対外経済関係での有利な条件や不利な条件を打算して立てた目標ではない。われわれが作成した時間表は、他国の動向と関連付けられてはいない。」


「金正日将軍が1990年代中葉に社会主義強盛大国建設構想を打ち出された。われわれは1665年から2000年まで『苦難の行軍』、強行軍を展開したが、前代未聞の試練を勝ち抜いた6年間は他方で、強盛大国建設の突破口を開いた時期だといえる。
新世紀に入って経済建設で転換的局面を開くための一連の路線が提示され、2006年には強盛大国の黎明が差す契機が生まれた。試練の暗闇がはれ、日が差し上る、そういう段階に入ったということだ。」


「経済的に見るならば、飛躍を起こすことの出来る物質的土台が作られた。工場、企業所が改修・現代化され、最新の科学技術に基づいた新たな工場が建設された。発電所が多く建設され、土地整理、自然流水式灌漑工事など農業の条件も整えた。つまり国の経済全般が上昇の軌道に乗った。最近の数年間、工業生産は毎年9~10%の伸びを見せている。このような経済発展の軌道の上で、強盛大国の大門を開くというわれわれの目標がある。」


「われわれは経済の自立性、チュチェ性を強化する方向で問題を解いていっている。対外経済環境の波動を受けない、確固とした経済構造を整えるということだ。とくに強盛大国建設での要中の要と言える電力工業と、金属工業、そして食糧問題を自身の力で解決するのに力を傾注している。
電力は最近の数年間、大規模水力発電所が立て続けに操業し、その生産能力が大きく伸びた。今後、軽水炉も建設する。わが国にはウラニウムが豊富だ。われわれの資源、われわれの技術に基づいてやれば出来る。
金属工業も燃料であるコークス炭を、他国から輸入しなくてもよい構造に転換している。自身の原料と燃料に基づくチュチェ鉄生産体系が確立、導入されている。
食糧問題はわれわれが過去に自給自足していた経験がある。この間に、農業技術革命を通じてた多収穫品種も開発したし、化学肥料も輸入原料に依拠しない生産体系が確立するようになる。電気問題が解消され鉄鋼材の生産が農機械生産に繋がるようになれば、人民の食べる問題も心配しなくても良くなる。」


「自立経済とは国内市場を対象にした経済である。対外市場の需要を満たすことが、われわれの基本ではない。われわれは国内でより多く生産し、人民が使って残ったものを輸出すればいい。他国に売らなければ生きて行けぬ、輸出主導型の国とは根本的な差がある。
自立経済は元来輸入物資に大きく依存しない。われわれは国防工業、重工業は国内の資源と技術に依拠して自身で解決していくが、軽工業の分野では些細なもの、需要の少ないものは自身で作らずに、外国から買ってくることもある。もちろん『制裁』『封鎖』で、そうした物資が仮に入ってこなくともそ、れが人民の生活に打撃を与えることは出来ない。」


「90年代にも敵対国が『北朝鮮崩壊論』を吹聴したことがある。そのときわれわれが試練を克服することができたのは、軍事的に力が強かったこともあるが、他の要因もある。自立経済の土台に依拠したことだ。
1995年以後、他国から食料協助を受けた。しかしわれわれがこれに依拠したとしたら、すでに滅んでいただろう。過去に、われわれはこの地で出来るもので十分に生きてきた。いまや本然の姿を取り戻しつつある。」


「国連安保理で『制裁決議』が採択されたからといって、当惑する者はわが国には一人もいないだろう。自己の信念を持ち、この国、この地で生きていくのに、外部から『制裁』があろうがなかろうが関係がない。」


「もともとわが国には対外関係を通じて、経済の根本問題を解こうという発想自体がない。90年代にアメリカは、ジュネーズ合意に基づいて軽水炉を提供するといったが、結局水泡に帰した。電力であれ他の経済問題であれ、他人のものを覗き見る必要がないというのは、全人民が共有する歴史的教訓でもある。」


「アメリカとの対決の中で、われわれは自衛的核抑止力を持つようになった。経済建設は安定的で平和的な環境を前提とする。それゆえにわれわれは政治、軍事的問題に優先的な意義を付与するしかなかった。朝鮮が核保有国になったことによって戦争がいっそう抑止され、強盛大国建設の条件が保障されることになった。
現在『制裁』や『封鎖』について騒いでいる国々は、朝鮮がどのような国であり、この力の源泉が何なのかについてまったくわかっていない。敵対国家などが長い間にかけて、『枯れ死戦略』を駆使したとしても、朝鮮の自立的民族経済はびくともしない。
われわれは自身の時間表に基づいて、経済富興の目標を必ず達成する。」


以上だが、未だに北朝鮮経済疲弊説に頑固にしがみ付いている人々には、受け入れがたいことであろう。だが、北朝鮮の強盛大国建設論は、日本で言われているような思いつきのイベントでもなく、政治、外交的必要性から生まれた希望事項でもなく、体制安定のためのプロパガンダでもなく、北朝鮮経済の発展行程自体の要求から生まれたものである。


実際、7月3日のブログ記事でも書いたように、北朝鮮の経済は完全に立ち直り、新たな土台の上で新たな飛躍を目指して意気軒昂である。何よりもネックであった重油や、コークス炭などの輸入原料、燃料への依存度が極端に低くなり、科学技術の急速な発展に依拠した自立的経済の土台が、新たな次元で整えられつつある。肥料の問題も今年中には解消する可能性も生まれている。

だが、真面目な研究者以外には、ほとんどの評論家、専門家らはこうした変化を正面から見据えようとはしない。マスメディアも例に漏れない。相手を直視しようとしないで対策を立てようというのだから、まともなものは出てきまい。アメリカが発言しない限り、独自の判断を示そうとしない姿勢には代わりはないようだ。だが、何度も言うようだが、アメリカがそれを認めたときは、もう「遅かりし由良之助」なのだ。