歴史に学ぶ・歴史が好きだ~平清盛は誰の子だ?~ | 晩節雑考種々雑考~明るく素直にあたたかく~

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とかくこの世は生きずらい、みだりに悲観も楽観もせず、執念深く生き通していく精神を養いたい・・・・

 伝え聞くところによると、テレビドラマでは、平清盛は白河院(後白河のひいおじいさん)の落胤、という設定になっているとか。

 何も知らない人がみたら、『へえ~そうだったのか~?』ってなことになるだろうが、『古典・平家物語』にそう書いてあるだけで、事実は誰も知らない。


筆者の頭が『バカ』で頭が悪いだけかもしれないが、この『清盛落胤説』以前から理解できない。筆者が書いた『平清盛についての物語』売れない愚作脚本は、『落胤説』を使っていない。当初、逆手にとってやったが、『第2稿』以後すべて削除。


『清盛落胤説』歴史学会でも考えが二分されているようで、ある高名な学者先生は、『清盛落胤説は旗色が悪い』。別のある高名な学者先生は『清盛落胤説』を事実と断定し、『清盛が太政大臣に任じられたのがその証しで、宮廷社会で広く認知されていた』。


筆者は、清盛が太政大臣に任じられたのは、次の帝を支える有力一族の主としての格付け、と解釈し作品の中でもそのように書いた。そもそも信じ難いのは、宮廷社会で、清盛落胤説が広く認知されていたのなら、当時書かれた第一級資料ともいうべき宮廷貴族の日記に、そのことが全く書かれていないのはなぜ?やはり『清盛落胤説』は、『古典平家物語』の創作ではないか?


『古典平家物語』は、ある時期に一人の作者によって書かれたものではなく、百年以上の年月にわたって、さまざまな人々によって書き継がれたものである。よく『仏教的無常観』と言われるが、これはこの作品にかかわった人々のたどり着いた境地ではないか?

作品の中で清盛はその実像とは全く関係ないほどに悪く描かれすぎている。

『清盛落胤説』はその罪滅ぼしではないのか?『源氏物語』光源氏との対比。帝の位についた人の落としだねが、位人臣を極めながらも滅亡していく。そういう物語として創作したのではないか?


頭の悪い『バカ』の妄想にすぎないであろうが・・・・・・・