SL(蒸気機関車)の運行で有名な静岡県の中小私鉄
大井川鐵道の本線で活躍していた元京阪3000系が
2月14日(金)をもって引退した。
引退直前の週末を中心に大井川鐵道主催の団体臨時列車が
多数運転され、定期列車最後にあたる2月13日、14日はほぼ
終日運用された。最終運転列車は新金谷にある車庫に入庫する
目的で設定されている、金谷17:04発の新金谷行きであった。
元京阪3000系を今のタイミングで引退させる理由としては、
走行に必要な部品の在庫がない事らしい。
代替品でも対応出来ず、引退させざるを得なかったようだ。
逆に見てもし部品の在庫があれば、引退せずに今であっても
生き残っていたはずだ。
引退後は、保存されずに解体される方針で一時的に千頭に
留置されると聞いている。
結果的に乗る事は出来なかったが、団体臨時列車として走った
2月9日(日)最後の大井川鐵道元京阪3000系を追いかけた。
↑大和田~家山(家山の桜トンネル近くから)
団体臨時列車のスジは新金谷10:29→千頭11:44、
千頭13:26→新金谷14:30である。
行きの千頭行きは「急行」で運転したため途中の家山にも停車。
帰りの新金谷行きは「特急」で運転したためノンストップ。
意外だったのが、桜の時期にはカメラを持った人がたくさん来る
「家山の桜トンネル」で3000系を撮影する人が皆無の事。
桜がなくても画的に魅力があると感じるのは私だけだろうか?
すぐに家山駅に移動したが、側線にSL用客車が2~3両止まっていて
編成写真は撮れそうになかった。
↑千頭方先頭の3507は京阪時代と同じくテレビカーと
なっていた。側面には「テレビカー」の文字も。
だが、乗車していないのでわからないが、車内にはテレビも
設置されて放映していたのであろうか?
↑家山を発車する3000系。急行で運転なのに京阪特急の
シンボル「鳩マーク」はそのまま出したまま。
このあとは千頭に移動した。千頭では京阪時代実際装着していた
各種ヘッドマークを着けて、団体臨時列車に乗車した人限定の
撮影会が行われるのであった。
↑千頭で撮影会に臨む3000系。
なお、千頭で撮影した写真は全てホームに面する公道から
撮影したものである。
↑右側は「ありがとう3000系テレビカー」のヘッドマーク
左側は「最終回送」のヘッドマーク
左側は昨年3月10日に京阪電車において最後まで残った
3000系(3505編成)が車庫に回送されて行く時に装着した
ものであろう。
↑「最終回送」だけとなってしまった
これ以外にも数種類のヘッドマークを装着し撮影会が行われた。
撮影会参加者の撮影場所は、千頭駅構内の線路上で安全のため
全員ヘルメットをかぶっていた。線路の真上から電車が撮影出来る
ことは珍しい。
↑撮影会が終了し一旦新金谷方の引き上げ線に移動する。
↑向きを変えて参加者が乗るホームに移動する。
↑ホームに入ったタイミングは早く、発車まで20分以上あった。
各自近くから思い思いの写真や動画を撮影していた。
↑従来は「ワンマン」の文字が入るが、ここもしっかりと
「特急」の文字が入り書体が独特なものである事もわかる。
週末のイベントの時はこの幕を出したが、平日に普通列車として
運用していた時には「ワンマン」とテープで書いたものを上から
貼り付ける形で対応していた。
↑千頭~崎平
最後はノンストップ特急として運転したが、出ていたのは
「最終回送」のヘッドマーク。お客を乗せて最後に走った
ノンストップ列車であった。
この写真を撮影した時3000系を見るとかなり傷みが激しかった。
それは本線を走る元近鉄・南海車でも同様の事が言えるが、
こんなに傷みの激しい所が出ているとは残念であった。
・・・大井川鐵道は3月26日のダイヤ改正で大幅に運行本数を
削減する。
1日辺りの運用数も削減となるが、3000系の穴を埋めるべく
新型車両の投入と言う話は全くなく、残った元近鉄・南海車が
引き続き活躍する。どちらも老朽化が進んでいるので引退は
そう遠くないと思っているが、SLだけではなく普通列車においても
魅力的な事をやって行く必要はもちろんある。
大井川鐵道の本線で活躍していた元京阪3000系が
2月14日(金)をもって引退した。
引退直前の週末を中心に大井川鐵道主催の団体臨時列車が
多数運転され、定期列車最後にあたる2月13日、14日はほぼ
終日運用された。最終運転列車は新金谷にある車庫に入庫する
目的で設定されている、金谷17:04発の新金谷行きであった。
元京阪3000系を今のタイミングで引退させる理由としては、
走行に必要な部品の在庫がない事らしい。
代替品でも対応出来ず、引退させざるを得なかったようだ。
逆に見てもし部品の在庫があれば、引退せずに今であっても
生き残っていたはずだ。
引退後は、保存されずに解体される方針で一時的に千頭に
留置されると聞いている。
結果的に乗る事は出来なかったが、団体臨時列車として走った
2月9日(日)最後の大井川鐵道元京阪3000系を追いかけた。
↑大和田~家山(家山の桜トンネル近くから)
団体臨時列車のスジは新金谷10:29→千頭11:44、
千頭13:26→新金谷14:30である。
行きの千頭行きは「急行」で運転したため途中の家山にも停車。
帰りの新金谷行きは「特急」で運転したためノンストップ。
意外だったのが、桜の時期にはカメラを持った人がたくさん来る
「家山の桜トンネル」で3000系を撮影する人が皆無の事。
桜がなくても画的に魅力があると感じるのは私だけだろうか?
すぐに家山駅に移動したが、側線にSL用客車が2~3両止まっていて
編成写真は撮れそうになかった。
↑千頭方先頭の3507は京阪時代と同じくテレビカーと
なっていた。側面には「テレビカー」の文字も。
だが、乗車していないのでわからないが、車内にはテレビも
設置されて放映していたのであろうか?
↑家山を発車する3000系。急行で運転なのに京阪特急の
シンボル「鳩マーク」はそのまま出したまま。
このあとは千頭に移動した。千頭では京阪時代実際装着していた
各種ヘッドマークを着けて、団体臨時列車に乗車した人限定の
撮影会が行われるのであった。
↑千頭で撮影会に臨む3000系。
なお、千頭で撮影した写真は全てホームに面する公道から
撮影したものである。
↑右側は「ありがとう3000系テレビカー」のヘッドマーク
左側は「最終回送」のヘッドマーク
左側は昨年3月10日に京阪電車において最後まで残った
3000系(3505編成)が車庫に回送されて行く時に装着した
ものであろう。
↑「最終回送」だけとなってしまった
これ以外にも数種類のヘッドマークを装着し撮影会が行われた。
撮影会参加者の撮影場所は、千頭駅構内の線路上で安全のため
全員ヘルメットをかぶっていた。線路の真上から電車が撮影出来る
ことは珍しい。
↑撮影会が終了し一旦新金谷方の引き上げ線に移動する。
↑向きを変えて参加者が乗るホームに移動する。
↑ホームに入ったタイミングは早く、発車まで20分以上あった。
各自近くから思い思いの写真や動画を撮影していた。
↑従来は「ワンマン」の文字が入るが、ここもしっかりと
「特急」の文字が入り書体が独特なものである事もわかる。
週末のイベントの時はこの幕を出したが、平日に普通列車として
運用していた時には「ワンマン」とテープで書いたものを上から
貼り付ける形で対応していた。
↑千頭~崎平
最後はノンストップ特急として運転したが、出ていたのは
「最終回送」のヘッドマーク。お客を乗せて最後に走った
ノンストップ列車であった。
この写真を撮影した時3000系を見るとかなり傷みが激しかった。
それは本線を走る元近鉄・南海車でも同様の事が言えるが、
こんなに傷みの激しい所が出ているとは残念であった。
・・・大井川鐵道は3月26日のダイヤ改正で大幅に運行本数を
削減する。
1日辺りの運用数も削減となるが、3000系の穴を埋めるべく
新型車両の投入と言う話は全くなく、残った元近鉄・南海車が
引き続き活躍する。どちらも老朽化が進んでいるので引退は
そう遠くないと思っているが、SLだけではなく普通列車においても
魅力的な事をやって行く必要はもちろんある。