本日は東日本大震災から2年半ですね。
犠牲者の方々に改めて御冥福を御祈り申し上げます。
オレは、中学になり、サッカーを続けていた。
オレのポジションはDFだ。
今の日本代表で例えると、
吉田麻也と一緒だ。
キーパーはヒロがやっていた。
ヒロはかなりお調子者だったが、努力家だった。
監督の鈴木先生はいつもサングラスをして、マッカーサーにそっくりだった。
そして練習も相当きつく、平手打ちや竹刀で殴られるのは日常茶飯事だった。
(今ならヤバイですね)
オレらの代のユニホームを決める時も、
『お前らは迷彩だ。迷彩色のユニホームにする』
と言われ、それだけは勘弁してくれと全員で嘆願した。
結局鈴木先生も少しは譲歩してくれたが、
深い緑色のユニホームになった。
鈴木先生はチームのメンバーの中でも特に、ヒロには厳しかった。
イジメかと思うくらい凄まじい練習だったが、キーパーのヒロへの練習や教えは、それを上回っていた。
オレらが見てても、厳し過ぎ、ひど過ぎとも思えた。
だが、お調子者のヒロは練習が終わると笑っていた。
キーパーとDFということでオレは何度もヒロと口論をした。
時にはお互い手も出た。
ヒロの実力ははっきり言ってイマイチだった。
だが厳しい練習にも耐え、3年生になった時には、かなり上達していた。
以前にも登場したキュウは2年まではチームのエースだったが、3年になる頃には腰を悪くし、試合はおろか、練習にも参加出来ないでいた。
キュウがいないのはかなり痛手だが、このチームにはレベルの高い奴がそろっていた。
1、2年の頃などは勝率9割くらいだったと思う。
しかし、各個人の実力があってもチームとしてのまとまりは弱かった。
チーム内での衝突も多かった。もちろんオレも含めてだ。
そして3年を迎えたオレらは最後の大会を迎えた。
目標は全国大会出場だ。
神奈川県のまずは横浜地区の予選だ。
つづく
そんな