人類史のなかの定住革命
- 人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)/西田 正規
- ¥1,008
- Amazon.co.jp
“定住が人類の急速な進化をもたらした”
本書の核となる主張である。縄文時代の生活を触媒としてこの主張の証明を試みている。
「人類は、今からおよそ1万年前頃、人類以前からの伝統であった遊動生活を捨てて定住生活を始めた。その後、人類史の時間尺度からすればほんの一瞬とも言える短時間の間に、食料の生産が始まり、町や都市が発生し、道具や装置が大きく複雑になり、社会は分業され階層化された。」
農耕の始まりは、人類史における革命の一つである。この点において著者は同意見である。しかし、“農耕があって、定住がはじまった”という考えには反対している。
「まず定住、そして農耕」という立場をとっているのだ。
どちらの立場がより説得力があるだろうか。それを判断するには、以下の二つの質問が適切かもしれない。
「どのようにして栽培することを思いついたのか」
「なぜ栽培をはじめたのか」
著者は、“農耕とは人間と植物の共生関係から生まれたもの”であるとしている。曰く、「(人類が)定住して生活する場所の周辺に、それに影響された環境が出現し、その環境を好む植物が侵入し、両者が互いに依存を深めた」のである。
すなわち、
「人類は火を使う動物であり、しかも集団で生活する。彼らが一か所に長く留まって生活すれば、まわりから集める枯木だけで燃料を補給することは不可能である。そのために森が伐採されれば、極相林的平衡が崩れて二次林が出現する。二次林の出現は、定住生活を営む人間に必然的に付随する」
「クリやクルミ、あるいはフキなどの山菜は、こうした二次林に好んで棲息する。」
「(人類の定住生活地に)安住を見出したクリは美味しい実を沢山つける。美味しい実をたくさんつける木は大切にされ、そうでない木は薪にされる。人間も、クリがよく育つ条件について知識を殖やすだろう。」
人類が農耕を発明した理由として、土地の乾燥化や人口増加による食料不足が一般的である。しかし、著者はこうした“人類の創造性”に理由を求めるのであれば、それはそもそも生態学の範疇に無いだろうと反論する。ダーウィンは、「生物の進化を生活の機構を通じて捉えようとした。生物の生活の機構はすなわち生態学の対象である」と言った。言及するまでもなくダーウィンは、ガラパゴス諸島の生物たちの“当時の”生活を観察することからその進化の過程を類推したのである。著者のアプローチも、先の一般説のアプローチも、元は発掘された土器や遺跡といった状況証拠から過去を類推するものである。つまりまぎれも無く生態学の手法によって解明しようとされているのである。であれば、私は著者の主張に説得力があると思う。
農耕を、必要に迫られてにわかに思いついたのではなく、採集を食料確保の手段として残した定住生活の中で、身近に生成してきた植物を食する中で段階的に農耕という概念が構築されていったと考える方が自然だ。
一方、言語の発明についても面白い見解が提示されている。
お互いにとって危険な存在である人間同士の緊張を緩和する為に発明されたとの仮説を示しているのである。
「食や性をめぐる潜在的な緊張関係をはらんだ類人猿の社会にあっても、その緊張が暴力を伴う激しい争いになることは少ない。彼らは音声や身体表現による挨拶行動や宥和活動によって互いの緊張を解消している」
「だが棒や石をもった人類が、安全を確認する前に身体を接近させることは、はなはだ危険なことである。」
「その前に、相手をなだめたり、互いに殺し合わないことを確認できていなければならない」
類人猿は群れを作り行動する。人類も同じくである。いや身体的能力に劣る人類にとっては、もっと必然的なものであったろう。群れの形成とその内部、または他の群れとの間に平和を維持する為の仕組みは不可欠のものである。言語がその仕組みの一つであったという主張は面白い。これは思いつきだが、おそらく定住生活は言語の発展にも貢献したのではないだろうか。言語の発展とは、様々な行動や感情を表現できるような音声を口から発することができるようになり、相手にも理解できる、ということであろう。であれば、定住生活をよりよくする過程では、新たな行動が断続的に生まれていたはずで、また構成員の数が増加していけば、当然感情的な対立も多くなり、それらを宥和するために感情を相手に分かるように表現することの必要性も高まったであろう。
一つの考えを証明する過程をみることはとても楽しいことだ。本書はその楽しみを与えてくれる。しかし今、一つ不思議に思うことがある。それは、何時になれば人類は“群れ”という概念から解き放たれるのであろうか、ということである。
定住生活をもっと快適にしようと努力してきた人類。一方で、その過程においてたくさんの争いもあった。おそらく最初は食の危機に基づくものであったのだろう。定住生活における食とは、つまり土地の危機ことである。最初は天候変化などにより食料が無くなってから行っていた他の群れへの侵略が、その経験を踏まえて備えるようになる。おそらくこれが先手必勝で争いを仕掛けることの起源ではないだろうか。近年の歴史においても、一部の原理主義的理由を除けば、土地を求めることが戦争の起源にあることは同じくだろう。もっとも呼び名は経済に変わったが。人類の生活を良くするための必要条件となった土地の変名としての経済は、それぞれの群れ間の結びつきを強めている。よりよい経済のあるところによりよい定住生活がある、という価値観はもはやグローバルスタンダードだ。国という群れ、大雑把に分けるならば、先進国も新興国もそれを求めているからこそ経済は結びつきを強め、そして情報化の進展により、おそらく皆似たようなよりよい定住生活をイメージしている。人類は歴史を通じて戦争が経済を荒廃させることを学んだ。だから原理主義や過去の出来事に基づく紛争はあっても、大戦争は先の大戦以後に起こっていない。
“汝の隣人を愛せよ”とは世俗的な見方をすれば、人類の生存戦略である。今、我々は共通の理想をイメージし、それを崩壊させるものについて共通のイメージを抱いている。テロリズムや中国の暴走は恐怖ではあるが、おそらくその共通イメージを崩壊させるものではない。もしそれらが経済発展という人類共通のスローガンに争いを挑むならば、崩壊するのは彼らの方だろう。支持者の数が違う。おそらく本当に脅威となるのは、地球環境悪化と人口増加、すなわち人類の足元と人類そのものだ。我々がその共通イメージを、広く、具体的にすればするほどその脅威は高まる。その時に、いやその前に「群れ」という概念を超えて共に歩み始めるのか、それとも逆にその概念に立ち戻りサバイバルという名の滅亡を選択するのか、これは人ごとでない。