村上スキーム
- 村上スキーム 地域医療再生の方程式/村上 智彦
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いわゆる地域医療に熱心に取り組み、北海道瀬棚町において全国で初めて肺炎球菌ワクチンの予防接種に公費助成をあげる実績を残し、現在はその財政が破綻した夕張市において同市の医療センター運営に奮闘する村上智彦医師の地域医療再生にかける思いを綴った本である。
”医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする。”
上記は、医師法第一条に定められた医師の存在意義である。
この使命を果たす為には、医師の奮闘のみでは足りず、国・地方自治体の政策が重要であることは言うまでもない。
医療政策とは、医療提供のバリューチェーンの在り方を決定することであり、我々の周りで頑張っている一般の医師たちは、基本的にその枠組みの中で貢献する存在なのである。
しかし、村上医師は、その枠組み形成そのものに当事者として関わっている。
彼が夕張にて描いている地域医療の基本構想は以下の通りだ。
“私たちの取り組みというのは、ただ単に医療を継続するのではなく「町づくり」という視点で取り組む必要があると思っています。日本一高齢化が進んだ夕張では医療の在り方も従来の専門医偏重で高度先進医療に依存するものではなく、予防やリハビリテーション、ケアに比重を置いた、新たなアプローチが必要だと思っています。
高齢者にも頑張ってもらい、ただのんびり過ごすのではなく、生きがいを持って働きそして暮らしていける、そんな意識の持ち方もこれからは重要になるでしょう。“
近年、我が国の医療提供体制について問題が噴出している。
起っている現象は、妊婦の受け容れ拒否や田舎の病院からの小児科撤退、つまり“受けたい医療が受けられない”というものである。
その主因として医師不足が挙げられている。
OECDのデータによると、我が国の人口1000人当たり医師数は2.1とその平均より少ない。
追記すれば、メディカルスタッフにおいても然りであり、看護師数こそOECD平均を上回っているものの、これは準看護師の存在によって支えられているものである。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1930.html
またGDPにおける医療費支出の割合は、30カ国中21位とこちらも低位に留まっている。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1890.html
つまり我が国の医療は、医療従事者の高い生産性と右肩上がりの経済成長を前提にした皆保険制度によって成り立っていたと言えるだろう。
しかし、医療そのものが高度化し、また我々自身の要求も強くなった。
そこに高齢化の進展が加わり、医療従事者の仕事は増加した。
現在、各地の医科大学において定員数の増枠が行われており、また看護学校の入学希望者もその割合が増加していると聞く。
一度家庭に入った元医師・看護師の復帰支援活動も活発だ。
また介護に目を転じても、雇用創出の重点項目に挙げられており、従事者は増える見通しだ。
あと10年もすれば、医療介護とも、その従事者の頭数は現在より増えるだろう。
おそらく我々の負担も増加するに違いないが、雇用の増加と安心が得られることを考慮すれば悪くない話であると個人的には思う。
だが夕張のような遠隔地かつ財政状況が極めて不健康な自治体は、この恩恵に預かることはできないだろう。
財政が不健康な自治体に住むということは、医療のみならず、光熱や交通などあらゆる社会インフラサービスで他所より我慢をしなければならないということを意味する。
だから、よほどの理由があるものしか残らない、やってこない。
彼の医療を通じたまちづくりとは、要約すると
“予防やケアにより、高齢者が健康になり、沢山働けるようになる。すると税収が増える。税収が増えると社会サービスが充実する。社会サービスが充実すれば、残る人来る人もの働く場所が増える。”
というものである。
正論であり、高齢者社会を迎え、製造業が国際競争力を失いつつある我が国にとって内需拡大の一つのモデル足り得る構想だろうと思う。
その実現の為に、彼は夕張でカリスマ医師を必要としない、「普通の医師」が誰でも行えるプライマリケアの仕組みを造るべく戦っている。
だが、おそらく夕張では彼の構想を実現できない。
産業が無い。元気になった高齢者が働くべき産業がないのだ。
もちろん、あたらしい入居者を迎える余裕もない。
夕張が抱える重荷はあまりにも大きい。
願わくば、せめて彼の構想だけは墜えずに日本全国で草の根を張ってほしい。