維新風雲回顧録 | Man is what he reads.

維新風雲回顧録

維新風雲回顧録---最後の志士が語る (河出文庫)/田中 光顕
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“いわゆる二流の志士である。”



本書の冒頭に寄せられた故司馬遼太郎氏の田中光顕評である。

以下に全文を引用する。





”田中光顕は、土佐の人である。年少の郷関を脱藩し、いわゆる幕末の風雲をつぶさに体験し、昭和十四年九十七歳まで生きた。

幕末の頃には、長州の高杉晋作の腰巾着のようにして奔走し、高杉が死ぬと土佐の中岡慎太郎に従い、維新後は土佐系というよりも長州系の傍役として、かずかずの要職についた。

いわば典型的な二流志士であるが、二流の場所であるがゆえに、かえって西郷、木戸、大久保、坂本といったひとびととはべつな視点をもつこともできた。

「維新風雲回顧録」はかれが語り残した風雲の実体験記であり、歴史の証言でもある。”






二流という言葉はなかなかに辛辣である。

司馬氏に悪意は無いと思うが、それにしても、と初読の際に感じた。



いつの世においても革命のあとに続く世代というのは損なものだ。

何事においても、それを始め、かたちにするというのは大変なことである。

だからこそ、パイオニアは尊敬される。

イチローはこの点において、一生野茂英雄を超えることはできない。




しかし、あとに続く者たちにも喜怒哀楽さまざまの人生があり、それらは確かに輝いているのである。




私の実家に、父方の祖母が残した手記がある。

彼女は太平洋戦争とともにその20代を過ごした。

戦争を知らない世代である私には想像もつかない苦労をしたのである。

だが、そんな彼女がこう綴っていた。




「孫たちの時代も大変なようです。いつの世も、神様は私たちを楽にはさせてくれません。

頑張ってと、婆はそれしか言えません」


この言葉を読んだとき、何か認められたような、そんな気がした。



祖母は名もなき市井の人間である。

しかし私の父を含む子供たち4名を社会に送り出し、祖父を支えた。

そこにあったのは、“懸命に生きる”それのみである。



我々は、生きる環境を選ぶことはできない。

それはときに、愚痴りたくなる。

苦労を背負っている時、認めてもらえない時、どうしても叫びたくなる。



だが忘れずにいよう。

懸命に生きてさえいれば、いついかなる時も輝いているのだと。