彼女が僕のパンツをカバンに詰め込む様子を偶然目にした僕は、
「それはまずいって。持ってくのはやめよ。見つかったらえらいことになる。」
とやめさせようとしたが、彼女は
「大丈夫やて!これだけこっそり別に洗うで。ちゃんと洗って返すで。(岐阜弁)」
と言って、持って帰ってしまった。
自分のパンツが自分の手を離れ、まだ行ったこともない、彼女の両親の住む実家に運び込まれることを想像すると、なんとも落ち着かない、まるでパンツを履いていないような不安な気分になったが、仕方がないので彼女の言葉を信じることにした。
(しかし僕は彼女の「大丈夫やて」という言葉はほぼ100%あてにならないことをその後何度も思い知らされることになる。)
彼女から後で聞いた話では、すっかり僕のパンツを持ってきたことを忘れてしまって、洗濯物を入れたカバンをその辺に無造作に置いておいたところ、お母さんが、
「またこんなに洗濯物を持ってきて!全部私に洗わせるつもりか!」
と呆れて言いながら、カバンの中身を全部ぶちまけて、洗濯のために仕分けをし始めた。
すぐに見慣れない大きめのパンツを発見し、
「ちょっっっと!なんやこれっ!(岐阜弁)」
と大声を上げた。
そしてお父さん(後のお義父さん)にも見せると、
「なんやこれはっ!!男物やないかっ! どういうこっちゃ!(大阪弁)」
と怒り出し、
「ひとんちの大事な一人娘を!」
と大騒ぎになったらしい。(大事な娘ならもうちょっといいアパートに住ませてあげたら?というツッコミは置いておく)
そして結局すべて話すことになってしまったらしい。
関西人でお人好しだが気の短いお父さんは、ろくでもない悪い男にウブな娘がたぶらかされた!みたいに言って、激怒していた。
「どういう男なんや!」「よその家の大事な娘を!」「いっぺんここに連れてこい!」
ずっと僕とのことで責められ続けたアスペちゃんは、
「あのね!私の彼氏は、せんさん(お父さん)とは全然違うんやでねっ! すごい人なんやで!何でも知っとるし、何でもできるし、優しいし、すっごいええ人なんやで!」
と逆ギレしたのだった。
日頃から娘や嫁に無能よばわりされて、邪険に扱われていたお父さんは、その勢いに言い返せなかったらしい。
自分の父親をそんな風に無能扱いしてけなす女性は、自分の夫もやがてはそういう風に扱うだろうことは想像に難くないが、当時の僕はそんな思いが一瞬脳裏をかすめたものの、自分のことを評価されたことの方が嬉しくて、それ以上考えないようにしていた。
「すごいええ人」・・・ 今は昔、そんな言葉を彼女が発した時代もあったなと、ふと窓の外、台風一過の遥か丹沢山系の稜線に目をやり、僕は想いをはせるのだった。
それにしてもかわいそうなお義父さん。・・・