お帰りなさい🙇♂️
長距離の感想はまだまだこっからこっから👊
ということで試合前日。
久美浜の荒れた環境での練習は何も合わせる事ができず、漕ぐとコーミングを超えた波が入り続けた。
昨年の出来事もあり、自然とブレーキをかけてしまっていた。
正直言って漕げたもんじゃなかった。
明日のレースは終わったと思った。
レースが中止になれば良いのにと思うほどに、、
試合前夜。
9時には布団に入り電気を消した、が、緊張だろうか全く眠れなかった。
朝になるまで10回以上は起きた。
朝4時半。
着けている腕時計を確認すると”睡眠の質 悪い”とでていた、
試合当日。
朝一、静水環境下にアップで乗った。
昨日とは真反対で感覚はとても良かった。
その漕ぎの動画は何十回と見て、試合に備えた。
試合開始20分前。
艇を担ぎ海に出艇した。スタート地点にはすでにスタンバイしている艇がほとんどで、僕らのペアはほぼ最後であった。
唯一スペースが空いていた場所があった。
そこは右には鹿屋のエースペア、左には立命館のペアだった。
みんなが避けるような場所を鴨田は進んで入っていく。
そのとき小声で
”こんなん波乗るしかないやろ”
と呟いていた。
長距離のスタートは意味わからん。
スタート1分前ready パーン🔫
で始まる。
(スタート1秒前の間違いやろ🤯)
スタートの200mほど鴨田に引っ張ってもらいながら回した後、言ってた通り横の波に乗る。ピッチを落としながら最初の回航が終わると10番くらいだった。
そこから2回回航すると同じ関学の三野・井上ペアと並んだ。そのペアを波に乗せながら一周目の3kmが終わった時点で、僕らが8位、三野ペアが9位だった。
練習とは違い、漕ぎ波がある分腕が張っていた。10kmは持たないと思いながら漕ぎ2周目の6kmが終わった。
ここから船を担いで走るポーテージに入る。その直前、鴨田から”ゆっくり”と指示が出た。前の5艇が固まって漕いでいたため、船台で詰まると予想したのだった。
なので走ってる間のファンサービスは手厚めに行った。
鴨田の”こっからこっから”
は評判であった。
ポーテージでの乗り降りだけスムーズに行っただけなのに、乗った時には1艇抜いて7位になっていた。
3周目。
ずっと引っ張ってくれていた鴨田の腕が張った。ここからはこのままだとギリ潰れるくらいのペースで僕が押した。前の艇の波に上手に乗りながら最後に備え3周目9kmが終わった。
今度はポーテージに入る直前にギアを上げて船を上がると5位になっていた。気分が上がった状態でのポーテージランは二人とも声を出さずにはいられなかった。(ちょっとやり過ぎてたのは内緒で🤫)
再び船に乗ってた時に1艇前に出られたが前の船の波に乗り最終回航の直前、減速しインコースで完璧なターンを決め4位になる。しかしすぐさま4艇が横並びになり最後のスプリント勝負になった。
4艇のうち最初に前に出て仕掛けてきたのがスタート時に右隣にいた鹿屋のペアだった。鴨田もすかさずギアを上げたが差が縮まらない。ラストスパートは握力がなくなりパドルが手から離れそうになる、蹴りすぎて足の踏ん張りが効かなくなった。
最後はずっと沈との瀬戸際で漕ぎ続けていた。
結局前との差は詰まらずゴール。
結果は、
3位と2秒差
4位と1秒差で5位。
僕の目標の5位だった。
格上と思っていた人たちが1秒、2秒のところにいた。
勝てないと思っていた人たちが後ろにいた。
僕はこのレースを完璧に表した文章があったので書きますね。
”稀に…練習・試合
長く・そして多分苦しい事の方が多い時間の中で
ごく稀にこういう一本がある
思い出すだけで心が奮い立つような
自信が蘇るような
大きく険しい山を登り途中に足掛かりとなってくれるような一本“
アニメ「ハイキュー」の中でのセリフです
僕はこのレースがカヌーにハマる瞬間だったと思います
今回のブログは僕が引退までに心が折れそうになった時、読み返して試合が思い出せるように、身体がまた動くように、長々と書いてしまいました。僕の主観の詰め合わせで読みにくい文章だったと思います。🙇♂️
こんなこと書くなんてどこかの主務にでもなった気分🤢🤮🤯
インカレまであと100日を切りました。
まだまだ”こっからこっから”
俊亮、行けたら一緒にいこうね🇦🇷
では、次はラストブログかな👋
鴨田の”こっからこっから”
ここだけの話🤫
いつもマネージャーが撮ってくれる練習動画の音声は聞いていない(ここ一番内緒で)のですが、今回音声ありで動画を見ました。
コーチ、同期、後輩たちの声援がたくさん入っていました。枯れながら応援してくれる声を聞きながら見る動画は目から汗が止まりませんでした。
マラソンは手の届くくらいの距離に応援してくれるみんながいるから、楽しいレースだったし頑張れました。
みなさんありがとうございました🙇♂️
