日清の黄色い自販機の話 | はないちもんめ

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朝の連続ドラマ まんぷくが今月末終わっちゃう。日清食品創業者のお話は役者の良さもあいまってとても面白く毎日見てた。

日清のカップヌードルといえば、個人的にとても思い出があって、今日はそれを記録にのこしとこかなーと。

昔、私が小学生だった頃の話。

我が家は国道をはさんで両側に敷地があるという立地に実家があって、その敷地内にバス停があった。

バス停は道に面した我が家の建物の裏にあって、3坪ほどのちゃんとした建物になってて、大雪があろうが大雨があろうが、安全にバスを待てるようになっていた。

我が家の事務所からはバス停が見えてて、うちの人間は、バスが来るまで家でくつろいでいられた。

バス停も父が建てたもので、それは現在も同じ場所にある。新しいもの好きの父は、そのバス停の中に当時とてもめずらしかった自動販売機をいくつか設置していた。

そのなかのひとつが、日清のカップヌードルの黄色いストライプの自動販売機だった。

ちょっと仕様が違うが、下の画像のこの黄色いストライプ。

この自動販売機の中身を補充するのは、当時小学生の私の役目だった。

(※画像はお借りしました)
ガラス面の内側にはこれのように商品のカップが並んでた。たしかロゴは英語表記だったしもっとおしゃれで綺麗だったけどね。

(※画像はお借りしました)
こんなかんじ。

カップヌードルとカレーヌードルと、五目ご飯とチキンライス、エビピラフの5種類。

左の扉内に蓋をあけたカップヌードルを設置、お湯のボタンをおすと、銀色の差し込み口がおりてきて、お湯が定量でてくる。

(※画像はお借りしました)
自動販売機にはスプーンやフォーク入れもついてた。

(※画像はお借りしました)
カップライスは当時珍しくて、我が家は

「インスタンスト食品と漫画が全面禁止」

という厳格家庭であったのだが、試食と称してたった一度だけ家族全員ですべての味をみんなで少量いただいた記憶がある。あのときのわくわく感。(笑)

自分の家庭はインスタント食品は体に悪いからと一切禁止するのに、家にその自販機を置く矛盾よ。

子供心に、正しいことって何っ。。といつも思ってた ┐(´д`)┌。

あまりに厳格だったゆえ、反動で私は大学進学で家を出たあと、自由さ故、日清のやきそばにどはまりしたけどね( ̄▽ ̄;)。



バス停で他人がいるなかでポッカコーヒーや、カップヌードルを注目されつつ補充する恥ずかしさが苦手で苦手で、、。自販機の鍵のたばをもっておぼつかない手で補充してた。

我が家はテレビもNHK以外は日曜のサザエさんとカルピス劇場のみだった。。

日曜の昼はHNKののど自慢とともに昼御飯が始まるのが今でも実家の慣習のひとつ。

フランダースの犬も母を訪ねて三千里も、家族で正座して号泣しながらみてた。(笑)

客観的に今思うと、、笑える。

今は懐かしい思い出。