2014年05月08日(木) 14時46分19秒
テーマ：高田博厚先生略歴

4月14日

高田博厚先生「ルオー論」仏訳のこと

年譜を記していて、あらためて他にもいろいろ言っておきたい気持ちになった。じつは、先生の「ルオー論」の仏訳出版の計画が最初からあったようだが、宜なるかなであって、ぼくも先生の根本思想はここに最も凝縮されていると思う。先生御自身、「自分の書いたもので（思想的に）まとまったことが言えたのはこれだけだ。」と、或る懇意の方に話していたということを、最近その方から直接お聞きした。先生のこの書は、たいへんな内容をもったものなのだ。まともに読めば、その価値を認識し、自発的に、フランス本国に紹介しよう、そのために仏訳しよう、と志を起こす人が出て当然だ。そのくらいの本である。ぼくが本名で書いた著（「形而上的アンティミスム序説」‐実質的には高田博厚論‐）でも中心に据えたのは、この先生のルオー論である。そしてこの本の分析解読に本格的に取り組んだのは、ぼくが最初である。この事実ははっきり言っておく。並の真剣さでは取り組まなかった。世間はまだぼくのこの著を真に理解しその価値を認識するところまで行っていない。見識ある人々でも、先生の「ルオー論」でさえ、これに感心し感銘を受けても、印象論を記すに留まっていたのだから。そしてぼくが先生のこの書を自分で論じ得ると自分で感じるようになるまで、回り道をしつつ相当の年月がかかったのだから。他の道で自分を熟成させることが必要だったのだ。そういう過程を自ら踏んでいない人には、先生の書もぼくの書も難解なのだろう。この国の最高の知性者にぼくはこの自分の本を読んでほしいが、「魂」のある人にはもっと直接に感得できるものがあるのではないかとも思っている。なぜなら、この書でぼくは「人間」から「人間」へと呼び掛けているのだから。「学者」でも、解らない人には解らないだろう。ところでじつは、ぼくはこの本を日本で書くずっと前に、フランスに滞在していた頃、実際に相当内容的に綿密に、この先生のルオー論を、自分で半ばまで仏訳し、タイプした分をパリのルオー家に紹介するということもしたのだ。これはぼくがまったく純粋に自発的に志を起こしてしたことで、「フランスのまだ識らざる友」に伝えたい一心で訳した。自分の本業の傍ら、根気よく少しずつ、先生の文をフランス語に変え得た一歩一歩においては恍惚となりながら、さながら岩を掘る石工のような気持で積み重ねていった。ルオー家はたいへん喜んだ。しかしルオーの実娘イザベルさん（先生とも懇意で思い出を聞かせてくれた）は、先生のルオー論を大変喜び、日本文の全頁をぼくから借りて自分で複写しながらも、ぼくの仏訳を見つつ、「史実的に誤りが散見される。これではこのままでは出版できない。」と、精神的内容ではなく、いわばそれ以前の副次的なことで、難色を示された。先生がこれを書かれた当初にあったという問題の計画も、誰が訳すのかということのほかに、この壁にぶち当たったのか？というのが、その頃まだこの世には生まれるのに遙かに遠かったぼくの思いだ。それにしても、ここまで訳した自分の努力のこともふくめて、精神的内実は途方もないものなのに、と残念だ。話はまだある。

高田先生とマイヨール美術館のこと

簡略な年譜の中でさえ明記され、公に周知の事実である、先生の作品四十三点の、約束されていたパリ・マイヨール美術館への収蔵のことだ。遅れに遅れた開館の日に明らかになったことは、その頃ぼくは当地滞在中で当日にイザベル・ルオーさんと立ち会ったのだが、先生の作品が一点も見当たらないということだった。先生の「親友」であり、自ら鎌倉に来て作品を選んだ責任者である「館長」（ディナ・ヴィエルニ女史）本人に、開館セレモニーの場であったが、イザベルさんとともにその理由を尋ねることになった。理由がはっきりしない。「一つだけもらう約束だ」などと訳の分らぬことを言う。要するにとりあわないのだ。帰り道イザベルさんも館長の返答に相当不審の表情をあらわにしていた。ぼくは道義上からもこのままで済むものかとむきになっていた。日本では具体的な関わりがなかった数人の、先生に私淑する知識人の方々にもこの件で手紙を書いた。一番不可解だったのが、当の高田家の御反応だった。「静かにしておいて」などと仰ったと伝え聞く。ぼくが直接宛てて書いてもまったく御返事が来ない。（不思議な経緯があるのだが、ここでは書かない。）世の中ってこんなものなのか。先生の遺志に本気に尽しているのはぼくだけか。最近、風の便りで、「間に入った画商の不誠実のため」などと聞いたが、それ以上のことはわからない。そういうことで、全国巡回までして周知した決定事が無かったことになるのか。皆、口をつぐむのか。それでどうやって先生が証された誠実な人間関係がありうるのか。心が通じあうべき人々と心が通じない。ミケランジェロの例をひくまでもなく、だれも若いぼくの「人格的未熟さ」のせいにだけすることはできない。

五十六（魔物）

そのように、人間関係というものは実際には相当やっかいなもので、そのやっかいさは人間の不透明性に由来する。いざというときに、それがあきらかとなる。その不透明性の感じは今ではもっと極端に増していて、ぼくは９９．９％まであきらめている。「時代は遠くなりにけり」、か。（明治生れはこんなじゃなかったそうだ。ぼくもそういう気がする。）みな、不透明な自己保身意識をかかえている。それをわきまえ合うのが９９．９％の「大人」の定義らしい。「孤独」を尊重し合うのは大事なことで、ぼくもそれを強調しているつもりなのだが、ここで「大人」というのは、どうもそういう「孤独」の意味ではないようだ。全然違って、ただただ保身らしい。孤独こそは真の友との出会いの根源だが、それなしの「友」もあるらしい。ぼくには想像もつかないことだ。近年、どういう変化か、巷の子供たちが集団的に明らかに「下品」になった。どうも言動が変だ。「人間」というものへの畏れがなく、心の内に自覚や秩序が全然ないと感じる。大人も妙な言動があり過ぎた（最近、少しそれが表面的に鳴りを静めている）。魔物は時宜を見計らってそういう無自覚者を吸収して傀儡にしたり、また一時的に手を引いたりするようだ。根本的なところでは現在支配しきっている。魔物というものは絶対に責任をとらないのだ。絶対に反省しない。反省しだしたらそれはもう魔物ではなく「人間」だ。以前は皆それなりに「人間」だった。数年前から不思議なくらい反省しない魔物の傀儡となっている。魂の根本のところを支配されているのだ。これについてのぞっとする経験は無数にある。どうしてこういう世界になってしまったのか。皆、多かれ少なかれ明白におかしい現象を呈している。今では、魔物は以前からずっと存在していて、最近なにかのきっかけで表に露骨に出てきたのだ、とぼくは判断している。因果関係がはっきりしているぼくの身体のおかしさとは、全く次元の異なる霊的（それ以外に表現しようがない）なおかしさだ。

4月15日

五十七（許されざること）

あのフランスでの日々（真面目な勉強以外のことはしなかった）から、帰国して今まで、数字にするとかなりの「時間」が経っているわけだが、ぼくはそういう数的時間の実在性は認めない。事象を「整理」しておくための人為的な碁盤目だと思うから。今ぼくが言いたいのは時間の反省ではない。ぼくの殆ど自分に籠もった真摯な精神的追究（その成果にぼくはあまりにも謙虚であり過ぎる‐自分にはそれでいい‐のだが、ソルボンヌの博士号を立派な成績で取得した）、地道にそれ以外のことはしなかったぼくが、どうして今、個人的な勉学生活の基礎である身体機能を破壊されて、まともな本来の活動が出来なくなったばかりか、それまで努力して蓄積してきたものまで支えられなくなった状態で、あかの他人の群れからまで、無能で何にも価値がない人間だと、それまでの人間としての重み・尊厳を否定されて、もともとおまえはそれだけの程度の人間だと、同情心のかけらもなく日常的に嬉々として嘲弄されなければならないというのは、どういうことなのか。世界が悪魔にけしかけられた状態だとしか言いようがない。先生と親交があった大画家ルオーの家族にまで、ぼくの真摯な純粋さのゆえに特別に受け入れられ「人間」として厚遇された、そういう生来の本質で生きてきたこのぼくが！　ぼくは自分の純粋真摯な志のゆえに「天」から導かれていると感じてきた（不思議なめぐり合わせが仏国でもあまりに多かった）が、今、その「裏」が正体を露わにしてきている。一言で言うと、天使に似せた悪魔だったのだ！　どうもおかしいと時々感じることはあったが、その都度ぼくは、それまで導いてきてくれていると感じてきた天を敢えて信じてきた。ところが、少なくとも、その導きが事実だとしても、同時に、おそるべき世俗力とその世界観の霊的集合体であるような別の力が、ぼくを導く天使力との間で、ぼくをめぐって綱引きをしていたように、今思っている。ジャンヌ・ダルクと似た悲劇を今ぼくは振り返って自分に感じているのだ。ぼくの経験にもとづく「創造主」観では、創造主はぼくの純粋な本質を伸ばしながら、一方で反生産的な状況も与え、ぼくをそれこそ「全知」の力で巧妙に誘導して結局悪魔世界に売り渡し、ぼくのかけがえのない価値まで破壊させる、霊的裏世界の操り手でもあるのだ。そういう魔（魔物）の手に委ねられていたらしいという、フランスに居た時とは逆の観方を、今、在仏時代にまで一気に遡って、これまでのぼくの道程全体について、その霊的裏側を観る思いで、ぼくはしているところなのだ。

君に逢いたくなったら…
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このきみの表情もぼくはとても愛着があるのです。もの思う素顔のきみ。その理知的な志向性に、思念のありかたがぼくと同質であるような親しみを覚えます。言葉ではうまく言えませんけどね。感じるのです。このひとにはぼくとおなじ意識の質がある、と。これほどはっきりとそのような質の知性が現れているひとというのは、そんなにいないと思いますよ。神経も敏感なのに、意識の機微も活発で、自分の神経と意識とに向き合っているだけでも疲れるのではないかな、と、ぼくのことを重ね合わせて思ってしまいます。ものをよくかんがえるひとの常で、表情に意識の帳（とばり）が降りていて、でもその雲が晴れて笑顔がこぼれると、その純粋な気品に誰も抵抗できないのです。
幾つもの緻密な意識の層が媒介してきみの「純粋音楽」は生れることをぼくはよく看取しています。その間、きみは最初の純粋形のイマージュをしっかり自分の内で保持しつつ、それを実現しようとして、冷徹敏感な意識知性のかぎりを尽くすのです。「聖なるものに奉仕する自立的知性」、これは誰にでもできることではありません。

2016. 5. 16

（再）高田先生「ルオー論」仏訳・高田先生とマイヨール美術館 ｜ 聖なるものに奉仕する自立的知性

（再）高田先生「ルオー論」仏訳・高田先生とマイヨール美術館｜聖なるものに奉仕する自立的知性