読者の皆様へ

 

本拙訳は、ヤスパースの主著『哲学』(1932)全三巻中、第三巻「形而上学」の第三章「超越者への実存的関係の諸相」の紹介を意図するものです。このために最低限必要な基礎概念の理解に資する他の巻の諸章(第二巻「実存開明」の第一章「実存」および第二章「私自身」)の全文拙訳も先行させました。本来なら第三巻そのものの第一章「超越者」の訳文も先行させるべきと思いましたが、或る意味で内容が最も充実していて重要であると私には思われていた、本第三章の翻訳を急ぎ、概説的な第一章の翻訳は今後の課題としました。これのみならず、内容の充実した諸章は多数あり、私は、ゆくゆくは『哲学』第二巻・第三巻の主要な諸章を全訳するつもりでおります。(第一巻「哲学的世界定位」は、実存と超越者の空間を開くための、科学批判であり、哲学的に中心的な問題である実存と超越者を端的に扱ったものではありません。)既に訳して ここにご紹介する第三巻第三章こそは、本来的な「私自身」である「実存」が いかに「超越者」(神として思念される本来的存在)へ関係するかを、最も端的かつ具体的・多面的に、主題そのものとして述べている章であり、一気に我々をヤスパース哲学の核心へと導くものであると私は思います。ヤスパースの主著のすっきりした邦訳を実現させておこうという私の目的のために、簡潔で解り易い訳文を心懸けました。そのような訳文は、訳者みずからが内容を真に理解したと思える程度でしか実現されません。どの程度それが実現できているかは、読者諸賢による検証に委ねます。なお、この章の訳題を私は本文訳では「超越者への実存的関係の諸々」としています(諸関係という意味です)が、訳著の題名そのものとしては最終段階で、内容の意を汲んで、「超越者への実存的関係の諸相」としたことを申し添えます。

 

哲学的に思惟する可能的実存としての人間にとっての神を確認することに関心を持たれる読者には、ある意味で必読の叙述でしょう。とくに「昼の法則と夜への情熱」の叙述部分の、事柄への深入りには驚かされます。

 

 

並行して訳しているガブリエル・マルセル『形而上学日記』の、既に訳せた部分も参照として附しました。独自な深い意識の哲学者です。

 

 

訳者 

 

2023.5.15