日本人はまだ義理や人情、義務感に縛られていて自分を充分生きていない。というより、「自分への義務」に目覚めていないのだ。フランスではぼくのような人間がむしろ「隠れた多数」である。
「彼らの内部の炎を他の者に伝えるよりも、その純粋さを自分の中で守ろうとつとめているようである。おのれの思想を勝たせるより、ただそれを確認することだけを求めているらしい。」
『ジャン・クリストフ』第七巻
フランス人の個人主義の質の高さは世界一だとおもう。 これはぼくの経験実感である。 性格的に個人個人いろいろ問題はあっても(それは人間だから)、他国には真似のできない共通の人間質の高さというものを、フランスに居ていつも感じていた。 比較して具体的に言うことはいくらでもできるが、比較されるほうがかわいそうなので、一般的断定にとどめている。
強きドイツには何も無いが、弱きフランスにはすべてがある。これはぼくの欧州経験の総括だ。(オーストリア、スイスはドイツではない。)これを知らなくては欧州は語れない。
「・・・「イール・ド・フランス」・・・海のただ中の、理性と清朗の島。・・・オリヴィエにある内部の平和・・・ これは彼の存在の深み、彼の民族の深みから来ている。オリヴィエの周囲の多くの者にも、クリストフはこの静けさの遙かなる光――「不動の海の沈黙せる静けさ」を見た。・・・
隠れたるフランスの情景は、彼がフランスの性格について抱いていたあらゆる観念を覆してしまった。愉快で、社交的で、呑気で、派手な国民の代りに彼が見たのは、自分に集中した精神であった。孤立して、楽天主義(オプティミスム)の外観を輝く霞のようにまといながら、深くて清朗な悲観主義(ペシミスム)に滲り、一つの観念と、知的情熱、不抜の魂につかれている。・・・ おそらくそこにフランスの知性的優秀さがあるのであろう。しかしクリストフは自問した。いったいどこからこの堅忍(ストイシスム)と信仰を汲んで来たのだろう? オリヴィエは彼に答えた。
「・・・われわれを鍛えてくれたのは君たちなんだよ。・・・ このフランス人はまだ子供だったけれども、正義がない、この世には正義がない、力が権利を圧しつぶしてしまうということを、第一に気づいたんだ! こんな発見は、子供の魂を永久にだめにしてしまうか、それとも無限に生長させるのだよ。・・・・・・ われわれの理想主義(イデアリスム)にふたたび火をつけたのは、君たちだよ。・・・ 幸福よりも信念を採るためにしなければならなかった努力は報いられたのだ。・・・」 」 同