アルバム作成から、

少し脱線してしまったが、


振り返ってみたいと思う。




U-10年代の最初の中○カップで優勝し、

好スタ-トを切る事ができた。


その勢いで、7月のひ○うらカップも、

全員出場で優勝し、

親の期待も高まった。


が、

わかってはいた事だが、

シュ-☆をサンフレで欠き、

夏から秋にかけての、

山○や仁○では、

得点力不足に泣き、

下位に甘んじてしまった。




そしてそして・・・。



そこに、

1人の救世主が現れる。。。




それが、タク☆である。


シュ-☆とは逆に、

サンフレを落ちてしまい、

所属チ-ムは、決して強いとはいえず・・・。


夏のひ○うらでの対戦もあり、

うちが優勝したって事もあり、

新天地を求めて、

うちの門を叩いてきた。



持ち前の明るさと、

サンフレ仕込みのテクニック。

そして、ガツガツと相手に当たっていくファイタ-で、

頭角を現すのに、時間は掛からなかった。



スポ少4年では、

最初という事で、

緊張もあり、力みが感じられ、

ゴ-ルこそ奪えなかったが、

存在感は充分だった。


そして、続く大○カップで、

彼がうちに必要不可欠な存在であるという事が、

すぐさま決定付けられる。


大○カップでは、

サンフレとの初対戦もあり、

そのサンフレメンバ-にはシュ-☆もいて、

これまでうちのチ-ムを牽引してきたシュ-☆と、

敵味方として対戦する、非常に複雑な思いの大会であった。


そういう意味でも、

忘れられない大会となった。




今思えば、


サンフレだから・・・。


ではなく、


監督も何かしら、



シュ-☆・・・。



というこのキ-ワ-ドにも、

思いがあったのではないか・・・?

と思う。



8人制の大会に、

総勢22人で参加。


参加8チ-ムを、2つのリ-グに分け、

予選リ-グは3試合。


同順位同士での、

順位決定戦が行われる予定だった。



A・B・C


と、三つのチ-ムに、

バランスを考えながら、

実力が均等になるように、

振り分けを監督がした。



1試合目、

AとBで前後半総入替え。


2試合目、

CとAで同じく総入替え。



Cで出場のタクヤが、

移籍後初ゴ-ルを決める。



ここまで2試合。

順調に5得点以上をあげ、無失点。



3試合目、

予選最終戦が、

サンフレ戦。



サンフレも総入替えだが、

同じ相手に、うちのちょうど倍の得点をあげ、

二桁得点で圧勝していた。



両チ-ム2試合目が終わった時点。

ここで、監督が熟考。



「せっかくサンフレとできるチャンス。

もったいないので、実力を試してみようか・・・」



この決断により、

A・B・Cをやめて、

とりあえず、現状のベストメンバ-で戦うこととなった。




ついでに、もう一言。

「○○さん、結果は関係ないので、メンバ-は任せます。」

「いいと思うように、ポジションも組んで下さい。」

と、全権を俺に・・・。



これまでは、


3-3-1


という形だったが、


2-3-2


に変更。



前をタク☆と松☆


中盤を、

左 トモ

真中 モト☆

右 ユイ☆


後ろを、

きっ☆ゃんとショウ☆


GKをジュンペ☆という布陣でスタ-ト。



さて、どこまで通用するのだろう・・・?



という不安をよそに、

アプロ-チの速さで、

うちが押し気味で試合が始まる。


その流れで、立ち上がりすぐに、

相手キ-パ-のゴ-ルキックミスが、

タク☆に渡って、ワントラップから、

得意の左足一閃。


見事、先制点をあげる。



正直、まさかの展開・・・。


その後、個人技に長けるサンフレが、

前線のシュ-☆を起点に、盛り返してくるが、

GKと最終ラインの二人が頑張り、

危ない場面もあったが、

何とか、1点リ-ドのまま前半を終了。


個人技中心で、

中央から強引に攻めてくれたので、助かった。



そして後半。


サンフレは総入替え・・・。

シュ-☆も交替してしまった。


うちは、松☆のところを、

シュン?かレン?だったか、

1人の交替のみ。



後半も速いアプロ-チで、

簡単にはやらせていないが、

若干サンフレが優勢に試合を進める。


ただ、決定的なチャンスは1度だけで、

ジュンペ☆がキッチリと防いだ。



残り時間が、少なくなったところで、

3-3-1に変更し、

タツやマサトを投入して、

逃げ切りを狙い、磐石の体制に。



焦りが見え始めたサンフレ。


危ない場面もなく、

そのまま試合終了。




見事、サンフレから勝利をもぎ取った。




が、総入替ではなかったので、

チ-ム力は断然サンフレが上。



うちのチ-ム内で、

レベルの差や、

意識の差が大きい事も、

裏返しとして、見えてもきた。



グル-プリ-グを1位抜けし、

続く決勝戦は、

主催チ-ムの大○だったのだが、

サンフレに勝ち、ここで手を抜くわけにはいかないので、

少しだけメンバ-をいじって、

3-3-1でスタ-ト。



前半、攻勢ではあったが0-0。



後半、タツを右サイドで投入。

これが当たって、タツの先制・追加と、

相手ゴ-ル前で、相手からボ-ルを奪っての、

粘りの2得点で、優位に立つ。


最後はタク☆が、

またもや左足を振り抜く。


ペナルティエリアの外から、

4年とは思えないキャノンシュ-トを、

ネットに突き刺し、これで勝負あり。


主催大会で、最後まで諦めずに、

戦っていた大○チ-ムの、

志気がガクっと下がったのが、

見て取れた。



ほどなく、

試合終了のホイッスル。



見事、大○カップを制した。






が、監督はやっぱり後悔していたようだ・・・。



サンフレ戦、決勝では、

出れなかった子が何人もいた。

(俺のせいでもあるが・・・)


まだ4年生。。。


この時期に、

勝負に徹する必要は、

果たしてあったのか?


恐らく、そんな思いが、

沸いてきたのであろう。



でも、レベル差がある以上、

甘やかす事もできない。


そのあたりの葛藤があったと思う。



その時には、

すぐには理解がつかなかった。

が、今では充分理解が付く。



子供達の目先ではなく、

将来を考えて、

監督自信も反省と経験を積み重ね、

色々と配慮していかなくてはならない。

大変な苦労がそこにはある。



でも、監督の苦労や思いとは裏腹に、

卒団するまでの2年間の成長具合では、

なかなか埋まらないものがあり、

そして逆に、この大会で活躍してた子でも、

その後の取り組み方や身体能力によっては、

落ちていくのは簡単だという事が、

実態であったりする。



本当に、指導というは難しい。。。





さて、

話は戻して、



この後、ロイヤルの○区予選を、

ぶっちぎりで突破するも、

市大会では、

1回戦の吉○は2-0で勝ったが、

次の佐○(実質は緑○)に0-2で敗れ、

3位で終わる。

(ベストメンバ-で戦って、始めての敗北)


宇○東とサ○フレカップで優勝し、

とりあえず、5冠ということで、

U-10年代を終えた。



U-11編はまた。



さあ、アルバムをやろっと。