自分のスケジュールを手帳を使って管理している。

手帳を常に携帯して抜け漏れがないように気を付けている。

 

それでも漏れることがある。手帳にでかでかと書いていても、見落とす。

毎週やっていることを、ふとある週やり忘れる。

これは健常者ならなくて障害者だからあるのか、はたまたどっちでもありうるのかというのはどうでもいい。

 

問題は、ふと忘れたことがきっかけで、よりによって大事な情報を貰い損ねることだ。

例えば人事面談の日程とか。

かくてすっぽかし魔の、信用のならない欠陥人間の出来上がりである。

 

私一人が悪い訳ではない。だが私が悪くないわけではない。

体系化された組織は事実を捻じ曲げない。だが関わる人間にとっての印象は捻じ曲げられる。

彼らにとって都合のいいように。彼らのロジックを完璧に近づけるために。

 

もはや私と会社の利害は一致せず、対峙している。かつての仲間は今日の敵だ。

隙を見せてしまった以上、彼らの論理に押しつぶされる。

 

私には身近に味方がいない。

両親はふるさとだ。

働いた後にプライベートの交友関係を広げる気力と体力は無かった。

(何らかの疵を引きずる人はこの文の意味が分かると思う。)

交際相手は友人の域を出ない。

 

前の記事で記載した機関は、それぞれの役割以上は果たさない。

彼らもミスをするが、助力「いただいている」私には何も言えず、黙殺せざるをえない。(たとえ金銭で雇っていても、だ)

私のミスは、彼らのミスをかき消すのに利用される。

 

 

孤独を強く感じる。だがこれまで孤独を回避しようと躍起になったことは無かった。

無料で頼るということに居心地の悪さを感じた。敵がいないうちは味方の必要性が分からなかった。

 

交際相手は味方になってくれるのではと思った。

だが他人の重みを支える余裕が無く、また一人で完結している人である。

私もそうである。今もそこから抜け出せない。この生き方が身を滅ぼしつつある。

だが実際に転げ落ち始めるまでは、奈落への行程が灼熱に覆われていることは理解できない。

熱さは視認はできるかもしれないが、実感を伴わない。

 

 

自分自身にすら、不注意という形で裏切られることがある。

私の味方は手帳だけなのかもしれない。

 

この味方は、触れても温度が感じられなくてとても切ない。