タバコは心の日曜日
意味がわかるようなわからないような、絶妙なバランスです。
しかし一日40本も50本も、時間にして一本あたり5分としても三時間以上ですから、「日曜日多いな~」と思ってました。
秦野市では「たばこ祭り」というのがあって、私は一度だけいったことがあります。
結構な規模のお祭りで、花火とかもバシバシと結構しっかりしたものが上がってました。
全面禁煙のたばこ祭りなんてたとえるなら「走るの厳禁」の福男と同じくらい寂しい気がしますが、今後はそうなる日がくるのでしょうか。
神奈川ではすでに喫煙規制がスタートしていて、公共施設で吸えないんですね。
今後もどんどん吸える場所は減るのでしょう。自宅ですら危ういものです。
前にこんなことがありました。
「なんでこの家売れないんだろう・・・」っていう建売の新築戸建てがありまして、完成して値段下げしてるのにそれでも売れないんですね。
販売チラシで見る限りは悪い物件ではなさそうでした。
現地に行ってみたのですが、そのおうちの玄関のところに隣地の既存宅の換気扇口からの排気がモロに当たってるんです。
それが単なる排気ではなく猛烈なタバコの煙なんですね。
たぶんあの時点では新築側は何もいえなかったのかもしれませんが、これからは言えるようになるのでしょうか。
さすがに自宅で吸うのにどうこう言われるのはかわいそうな気もしないでもないですが・・・。
毎日のように物件を見ていますので、住所・土地面積・間取り等と価格がわかれば高いか安いか、すぐに売れそうかそうでないかは検討が付きますが・・・
なかには「なんで売れないんだろう?」という物件もあります。
そういう物件は現地にいくと解決することもしばしば。
今やインターネットで現地をみることもできる時代になりましたが臭いはどうでしょうか。
10年前と10年後
最寄りの駅はJRから乗り換えでひと駅の都営地下鉄沿線なので、JRの駅からそのひと駅分、歩いてみることにしました。
学生の頃はよく歩いた道なので、街並みを楽しむために。
よく行った飲み屋さんやご飯屋さん、お弁当屋さん、無くなってるお店変わらないお店。
よく食べたホカ弁を買って、キャンパスのベンチで昼食。
この弁当屋は何を注文しても鶏のから揚げが入っているのですが、本当に鶏かどうかはわからない食感と味。
ま、そもそも「唐揚げ」とは書いてあっても「『鶏の』唐揚げ」とは書いてないからいいのかもしれません。
この10年、自分は何が変わり、何が変わってないのだろうかとしみじみと思いました。
弁当を食べ終わり大学周辺を散歩しました。よく行った喫茶店やビリヤード場。
よく入り浸っていた友人のアパートはまだあるのだろうか。
そこへ向かってみようとしましたが、その前に昔からあるラーメン屋で昼食の続き。
これからの10年で、自分は何ができるんだろう。10年前はそんなことたいして考えていなかったように思います。
でも今は考えずにはいられません。
歩き始めて、延べで2時間以上は歩いたでしょうか。よく行った蕎麦屋にも行こうとしましたが、店じまいしていました。
家に帰って夕飯を作ることにしました。
震災の与えたインパクト2
その時、改めて思ったのは、同じ出来事でも人は状況によって全く感じ方が変わるということです。
今、水道をひねる水一杯と、砂漠を飲まず食わずで歩き回った水一杯が違うのは当たり前です。
水一杯が幸せかどうかは水自体にその価値があるかないかではなく、自分が決めていることです。
ということは、たとえモノがいつでもどれだけでも手に入り、より便利により快適に、これをいくら追及してもゴールはないということです。
幸せはものがあることそれ自体ではないからです。
原発の爆発は実に象徴的で、私達に選択を迫っています。
一部原発が稼働しなくなったことで、節電を余儀なくされ空調や交通その他あらゆるところに影響が出ています。
「原発がないと不便」
それは違うと、私は思っています。
原発がないことを前提に生活を組み立てるべきだったのです。
今、原発が止まったことや将来的に原発のエネルギーを期待できないことを受けて、個人・企業・自治体が動き始めました。
これを始めからやるべきだった、それだけのことだと思っています。
例えるなら生活がどんどん裕福になっていったと思ったら実は全部借金だったことがわかり、必死になって働いて返さなければならなくなった、というのと同じ話です。
(これは本当の「財政」ということでも起こっていることですが・・・)
借金は解決策ではありません。問題の先送りでしかありません。
我々は原発によって「エネルギーの前借」をしてしまったのです。
「節電」ではなく、それが本来の姿であり、身の丈なのだと思います。
それどころか日本全国で稼働中の原発による電力のことを考えると、本当の身の丈はもっともっと小さいのです。
私は、借りたエネルギーを返す、つまり原発を無くしていくことが健全だと考えます。
暑いです。オフィスも家も。
しかしそれを「ガマンする」と言っているうちはまだまだでしょう。
エアコンがなかった時代の人は夏の「暑さをガマンする」という感覚はおそらくなかったはずです。
もともとそういうものでしかないのですから。
あると思うからないと「ガマン」になる。
ガマンではない、本来ないものだっただけです。
震災前の原発がフル稼働していた状態に戻らないと我々の幸福感も元には戻らないか?
私はそうではないと思います。
今後の方針として、原発を推進するかどうかのポイントはここにあると思います。
また、それは原発の推進か否かの問題だけにとどまりません。
生活や生き方そのものの価値観を変えるインパクトになるだろうと思っています。
そのくらい大きな爆発でした。
震災の与えたインパクト
先日チームで動いている業者さんと食事をしていた時の話です。
おのおのの所属している会社は違いますが、ざっくばらんな関係ですので仕事と直接関係ない話もたくさんします。
その方は「現在が未来にどう評価されるか考えたことある?」と語りかけてきました。
「今の30代40代は消費して浪費して政治をダメにしてさらに今は放射能で国土もダメにした。
そういう時代に自分たちは生きている。
後の世代はこういうだろう『あの世代は日本をダメにした』とね。
みんな個々に直接関与したわけじゃない、でも歴史の評価はそうなるだろう。
もちろん必死に真面目に働いて生きている人もたくさんいる。
だからそれじゃああまりにも悲しいじゃないか。
『ダメにしかけたけどしっかり軌道修正した』
そう言われる10年20年をこれから作りたいよね」
今回の震災直後、自分自身の生活や精神状態は経験したことのない状態になりました。
交通がマヒする。
情報網がマヒする。
食料が買えなくなる。
日用品が買えなくなる。
この街から避難すべき可能性が出てくる。
なんとか、予め買いためておいた食料や水でしのぎ、
換気口をふさぎ、
風呂おけに水をためて、
いざという時のために車の整備とルートを確認、
情報が錯綜しているので、いつも以上に「その根拠は?」を常に確認
こんな状態で1週間2週間経ったある日の夕食時に、妻が作ってくれた一杯のみそ汁がたまらなく美味しく、幸せに思った感慨を忘れることができません。
人のせいにしすぎ
人のせいにしても何も解決しないということは多々あります。
エリアで、道路付けで、建物の瑕疵で、売主業者で、仲介業者で、その他諸々、リスクのある物件を購入しておいて、のちにトラブルが発生し、
「こんなことは聞いていない」
「だまされた」
「ひどすぎやしないか」
と罵詈雑言の限りを尽くしても何も解決しません。
不動産相談員という仕事柄、お気持ちは察してあまりあるほどわかります。
しかし嘆いてどうなるものでもありません。
大切なのは、事前に回避することと、それでも起こってしまった場合は迅速・的確な対処です。
例えば、道路の信号が青になっていたのでそのまま渡ったら車が突っ込んできて大けがをしたとします。
車側の信号無視かもしれませんし、信号が壊れていたのかもしれません。
こちらとしては「歩行者側の信号が青なんだから行ってよし」というルールがあり、それに沿って行動したわけですから、自分は悪くない。
悪い人間は他にいる。
車なのか、信号を作った人間か、取り付けた業者か。
それは確かです。
しかし、誰がどれだけ悪く、そして責任を取らせることができたとしても、その解決にかかる時間、あるいは後遺症などはどうしようもありません。最悪なことに死んでしまったりしたら、何をどうすることもできません。
これは「信号が青」というだけで100%安心しきってしまったそのことに問題があると思います。
信号が青でも自分の目と耳で確かめる。
それは誰でもできるはず。
それを怠った結果なのです。
「あなたを信じているから」
これは、一見理想のようですがそうではありません。
私に言わせれば、自分の責任の放棄、あるいは怠惰でしかありません。
いい業者、いい営業マン、いい物件に出会えることを否定しいるわけではありません。
ただ、転ばぬ先の杖を人に渡してはいけないと思います。
