>>さて、2はラストかな~
それは定番のクラスでの文化祭準備を終え、さてさてと本番に向けて練習をこなしているときでした
『~~♪』
ガチャ
『~っ!!??』
ってなかんじで○○○○さん登場�
おっと…すべて伏せ字になってるって???
恐ろしくてかけね~よw(事務所が)
とにかく有名なアイドルさんだよ
ベース弾きの
うちの学校のOBだから来ましたって感じで来てはりました
そらもう演奏中に入ってきはったもんだからパニクりパニクりだった
在校中も音楽好きだったみたいで、故に見に来たってことらしい
その後はちょっとベース弾いてもらって、ドラムを叩いてもらい、練習中やった曲をセッションして
最後は激励までいただいた
いや~今考えても夢なんちゃうかと思うほどの非現実感
…まぁそんなことがありながら本番を迎えました
一曲目はスピード感のあるポップ
今考えたら絶対走るはずの曲なのにまったく走らなかった不思議(きっと恩師陣のおかげか)
そしてオリジナルのバラード
たしかな成功を感じた
てか後輩が泣いたという
よかった~
初の、みんなで作り上げた、色んな人の力を借りて完成させた曲
『待人』
そのあとは舞台の公演の練習に明け暮れた
その公演でも出来る限り音楽に携わることにたずさわった
そのエンディングの曲を作るのに携わった
そのとき、師匠に出会った
『原田博行』さん
間違いなくこの人がいなかったらいまの自分はいない
実際に最初に出会ったのは駅ビル公演の時だった
そのときは原田さんの曲を駅ビルのエンディングで借りると言うことで、だれがマイクを持つかのオーディションだった
ほどよい緊張感と挑戦欲のなかでうけて、そのときのイメージはまぁ試験官みたいな感じだった
でも公演の事でもっと広く原田さんを知ってイメージもかわり
そしてライブは震えた
アコギの弾き語りをいままで完全になめてたってのがわかった
だってあんなに心を動かされ続けたから
こんな人になりたいっておもった
アコギ一本でもこんなにも表現できるような、こんなやわらかい気持ちにできるようなアーティストになりたい
それから原田さんのライブに通うようになった
技術を盗みたかったし、見逃したくなかったから
公演はなんとか成功した
色んなことがあった三年間を考えながら原田さんと作った曲をきいたら自然と気持ちがめちゃめちゃこもった
これで三年間の、この学校での舞台がおわった
一般的には遅すぎる進学についての問題がでた
もちろんハナから大学にいく気はなかった
おれは
親友東京の劇団を受けてみることにした
それと同時期に2つ音楽のイベントを進行させていた
ひとつはこーへーに誘われて高校生ライブイベントにでること
コピー二曲だった
ここで始めてこーへーとバンドを組んだことに
そしてもうひとつは卒業前にまたひとつライブをやろうということ
こんどは親友たちだけで
二年になってから一気に仲良くなった奴らと、…??いつのまにか仲良くなったやつを入れて
卒業ソングをつくって
受験に東京にいくときもギターを持っていって練習した
気づいてた
ホントにやりたいこと
でも体が勝手に忘れようとしてた
受験は見事に惨敗(まぁ日本一の倍率だったんで期待はしてませんでした)
そして帰ってきてすぐこーへーとのライブ
さすが長年の付き合いもあってかなり合わせやすかった
結果は…まぁまぁと言うかんじで
でもやっぱり楽しかった!
このとき演技か音楽か、選ぶときになった
もう実際はずっと決まっていた
こんなに長く続けられたことはなかった
素直になって
俺は音楽を選んだ
具体的には進学はせんかった
てか出来んかった
決めるのが遅くて金銭的に間に合わなかった
そして最後のライブ
卒業ライブ
みんなで最高の思い出をつくるため、みんなに気持ちを伝えるために
全力で演奏したとさ
おしまいです~
こんなかんじで音楽を選んだってわけです
一応3も予定してますが、それは時がきたらってことでw
でわ�
あしたのライブがんばります��
それは定番のクラスでの文化祭準備を終え、さてさてと本番に向けて練習をこなしているときでした
『~~♪』
ガチャ
『~っ!!??』
ってなかんじで○○○○さん登場�
おっと…すべて伏せ字になってるって???
恐ろしくてかけね~よw(事務所が)
とにかく有名なアイドルさんだよ
ベース弾きの
うちの学校のOBだから来ましたって感じで来てはりました
そらもう演奏中に入ってきはったもんだからパニクりパニクりだった
在校中も音楽好きだったみたいで、故に見に来たってことらしい
その後はちょっとベース弾いてもらって、ドラムを叩いてもらい、練習中やった曲をセッションして
最後は激励までいただいた
いや~今考えても夢なんちゃうかと思うほどの非現実感
…まぁそんなことがありながら本番を迎えました
一曲目はスピード感のあるポップ
今考えたら絶対走るはずの曲なのにまったく走らなかった不思議(きっと恩師陣のおかげか)
そしてオリジナルのバラード
たしかな成功を感じた
てか後輩が泣いたという
よかった~
初の、みんなで作り上げた、色んな人の力を借りて完成させた曲
『待人』
そのあとは舞台の公演の練習に明け暮れた
その公演でも出来る限り音楽に携わることにたずさわった
そのエンディングの曲を作るのに携わった
そのとき、師匠に出会った
『原田博行』さん
間違いなくこの人がいなかったらいまの自分はいない
実際に最初に出会ったのは駅ビル公演の時だった
そのときは原田さんの曲を駅ビルのエンディングで借りると言うことで、だれがマイクを持つかのオーディションだった
ほどよい緊張感と挑戦欲のなかでうけて、そのときのイメージはまぁ試験官みたいな感じだった
でも公演の事でもっと広く原田さんを知ってイメージもかわり
そしてライブは震えた
アコギの弾き語りをいままで完全になめてたってのがわかった
だってあんなに心を動かされ続けたから
こんな人になりたいっておもった
アコギ一本でもこんなにも表現できるような、こんなやわらかい気持ちにできるようなアーティストになりたい
それから原田さんのライブに通うようになった
技術を盗みたかったし、見逃したくなかったから
公演はなんとか成功した
色んなことがあった三年間を考えながら原田さんと作った曲をきいたら自然と気持ちがめちゃめちゃこもった
これで三年間の、この学校での舞台がおわった
一般的には遅すぎる進学についての問題がでた
もちろんハナから大学にいく気はなかった
おれは
親友東京の劇団を受けてみることにした
それと同時期に2つ音楽のイベントを進行させていた
ひとつはこーへーに誘われて高校生ライブイベントにでること
コピー二曲だった
ここで始めてこーへーとバンドを組んだことに
そしてもうひとつは卒業前にまたひとつライブをやろうということ
こんどは親友たちだけで
二年になってから一気に仲良くなった奴らと、…??いつのまにか仲良くなったやつを入れて
卒業ソングをつくって
受験に東京にいくときもギターを持っていって練習した
気づいてた
ホントにやりたいこと
でも体が勝手に忘れようとしてた
受験は見事に惨敗(まぁ日本一の倍率だったんで期待はしてませんでした)
そして帰ってきてすぐこーへーとのライブ
さすが長年の付き合いもあってかなり合わせやすかった
結果は…まぁまぁと言うかんじで
でもやっぱり楽しかった!
このとき演技か音楽か、選ぶときになった
もう実際はずっと決まっていた
こんなに長く続けられたことはなかった
素直になって
俺は音楽を選んだ
具体的には進学はせんかった
てか出来んかった
決めるのが遅くて金銭的に間に合わなかった
そして最後のライブ
卒業ライブ
みんなで最高の思い出をつくるため、みんなに気持ちを伝えるために
全力で演奏したとさ
おしまいです~
こんなかんじで音楽を選んだってわけです
一応3も予定してますが、それは時がきたらってことでw
でわ�
あしたのライブがんばります��