ひどい言葉やなぁと思っていた。
でも話してみると 本当にそうなんだとかんじた。
学問って 現象を整理するために存在するんだと思う。評価したり ハードルにしたりするものではないんじゃないかなっておもう。
××心理学なんて、まさにそうなのに 次のくぎりに教えないんですかって
心理なんて脳によって変わってくる。
それは身体が一人一人違うように
その違いの集大成が心理、行動になるんだよ。
教えなくていいよーって思った。
一人一人に相対すれば 解決じゃん。
対症療法で
どうして指標が必要なのか?
それにてらしてはかるからでしょう。
その姿勢が 子どもや弱者(皆が勝手に呼んでるだけで実際は数が少ないだけ)には伝わっちゃってるんだよ。
わからないと思ってるんだよね。
それは、失礼だよ。
立場が変わってみればわかるのかな。
理解できないだろうな。
子どもや弱者がどれだけ専門家に譲ってつきあっているのかなんてかけらもおもってないんだよ。
恥ずかしくないの?
何かの授業や講座を受けたからって 身についたわけじゃないよ。
それから後 そのスタートラインにいることになるのに。
『包括的』なんて、標語にするくらいにしかわかってない専門家たちや。
しゃあないやっちゃ