先週末箱根旅行に行ってきましたが雨と霧でした…

牧水は、大正7年、33歳のときからしばしば土肥に長期滞在し数十首の歌を詠んだそうです。







と、その前にGWに土肥へ行った続きを。←もういい?そう言わず( ̄∀ ̄)・:*:
箱根とは違い、あまりにも天気が良かったので見てやってください!(笑)
二日目(5/4)
泊まった旅館の部屋からチラッと見えていた土肥の花時計。
徒歩1分のところにありました。
若山牧水の歌碑

ひそまりて ひさしくみれば とほ山の
ひなたの冬木 かぜさわぐらし 牧水
島木赤彦の歌碑もありました。
なぜここに赤彦の歌碑??

土肥の海 漕ぎ出てみれば 白雲を
天に懸けたり 不二(富士)の高根は 赤彦
赤彦は、大正14年1月から2月にかけて土肥に来遊したそうです。
島木赤彦といえば(あまり詳しくはないけれど…)諏訪に生まれ、斎藤茂吉に代わって「アララギ」の編集を担当した歌人です。
文学少女(?)だった母は、学生の頃、旧姓が『斎藤』だったこともあり、斎藤茂吉にちなんで「もきっちゃん」と呼ばれていたそうな。笑
そうそう、今年の2月、諏訪湖の御神渡りを見に行った際、赤彦記念館に初めて入館したのでした。
…が、島木赤彦の作品そっちのけで諏訪湖に飛来する大鷲の剥製、展示品の古いスケート靴、諏訪湖でスケートをしていた時代の写真、はたまた飛行機が氷上に着陸していた大正時代の写真等に釘付けで肝心の赤彦さんの作品はあまり見てないという…(ごめんなさーい💧)
思いがけず土肥で島木赤彦の歌碑に出会えて嬉しかったです
松林を抜けるとそこは土肥海水浴場。

その隣には足湯があります。
ここに停めて写真を撮っていると下へ下っていく車を数台見かけました。
看板に「戸田造船郷土資料博物館」「駿河湾深海生物館」とあったので行ってみることに。
うわ~ヾ(o´∀`o)ノ

青い海
と富士山
のコラボ。綺麗~


絶景かな、絶景かな。

えーと、ところで深海生物館はどこ?
この奥の松林の中にひっそりとありました
「戸田造船郷土資料博物館」「駿河湾深海生物館」2館共通で200円
に、に、にひゃくえん(ノ゚ο゚)ノ
(何かの間違いじゃなかろうか・・・)
あまりにも安いのでさほど期待せずに入館。

深海生物館は標本が沢山展示されていて、生きた生物はいませんでした…
戸田といったらタカアシガニ。
至る所にカニ カニ カニ
他にも深海魚の標本がズラーッと。
ゆる~い感じの生物館です
戸田造船郷土資料博物館のメインはプチャーチン。
はて?黒船のペリーは有名だけどプチャーチンて誰??
展示されている資料を読むと感動するエピソードが。
ロシアの提督プチャーチンはペリー来航から遅れること4ヶ月後の1854年10月にディアナ号という船で下田に来航します。
ところが安政の大地震が襲い、津波でディアナ号は大きく傷つきました。
それでも船医をともない下田の人々の救助に尽力されたそうです。
その後ディアナ号は修理のために下田から戸田へ向かい出航しましたが、嵐に遇い田子の浦沖で沈没してしまいます。
地元住民の救助活動により1名の死者もなく全員上陸できました。
そして戸田(ヘダ)の村の住民と協力して洋式造船を100日余りで造ります。
戸田の住民はその間、船員達を暖かく迎え、住居を提供して生活に必要なものを全て持ってきてくれたそうです。
プチャーチンは戸田の住民の好意にとても感謝し、造り上げた船の名を「ヘダ号」と付けました。
プチャーチンはその後遺言で戸田村住民と日本の貧民に遺産を遺し、さらには娘のオーリガも彼の死後戸田村を訪れオーリガも遺言で日本の貧民や戸田村の住民に遺産の一部を遺したそうです。
なんていい話なんや~
戸田の住民のあったかいこと。
プチャーチンも恩を忘れずとても人情味ある紳士のお方。
プチャーチン・・・もっと知られてもいいのになぁ。
戸田から沼津へ向かう途中に寄った道の駅の中に温泉がありました。

「戸田温泉 壱の湯」
時間があったら入りたかったー。
この近くに以前行った『三津シーパラダイス』があります。
ここ結構楽しめました!
※2016.5.1撮影
沼津を過ぎて富士市へ。
前回静岡に来た時に寄れなかった田子の浦のしらす街道。
お味噌汁の位置が反対なのが気になるけど^^;
意外と気にしいです。。。


























