クマの散歩道~大好きなふるさと日光市を紹介するブログです~ -90ページ目

クマの散歩道~大好きなふるさと日光市を紹介するブログです~

大好きなふるさと日光市。その日光市のグルメやスポットなどを独自の視点で、のんびり気の向くままに綴るブログです。

皆様こんにちは。
 
5月9日に日帰りで行った、犬吠崖っぷちラインと愛称をつけた銚子電鉄の乗り鉄の小旅(ことりっぷ)。3回位には分けて書くつもりでしたが、それでもHTMLの文字数オーバーで収まらず、4本目に入りました。日帰りの旅行記にどれだけ文字数を割くんじゃって。

もう自己満足の旅行記なので、どうぞお付き合い下さい。
 
 
さて前回③では、地球の丸く見える丘展望館に行ったことまで書きました。展望館から出た所に、銚子電鉄の広告看板がありました。一日乗車券の弧廻手形の宣伝が描かれています。
 
 
 
そして愛宕山の坂道を下って海沿いの犬吠埼に向かうのに、途中で前の車についていったら、来た道でなく途中で右折した方向に山を下りたようで、銚子電鉄の踏切を渡ってみたら、外川駅の手前の踏切でした。既に②などで書いた通り、元々は外川から地球の丸く見える丘展望館に行くつもりだったので、結局逆に辿って戻ってしまったようです。
 
でも良かったと思ったのは、こちら回りで登っていたら、犬吠駅のほうから登るより、きつい坂道が長く続いていたので、犬吠に出たのは大正解でした。車内で海上保安庁にお勤めの方とお話出来たり、太陽の里 ホテル月美でも素敵な出会いがありましたしね。その辺はあとで書きます。
 
外川~犬吠の駅間の営業距離は5.5kmですが、地球の丸く見える丘展望館がどちらから行っても同じような、やや犬吠駅からのほうが近い二等辺三角の頂点に当たる辺りにあるようなので、犬吠埼に行くにはちょっと遠回りになってしまった位です。
 
 
でもそんな間違いもむしろ良かったです。踏切を渡ると海が見えて海岸まで下りることが出来ました。向こうに犬吠埼灯台が見えています。
 
 
ここで犬吠埼灯台をGoogleマップで検索した物を貼ってみましょう。当日通った道の形状を思い出すと、上の地図で、長崎鼻の付け根にある長崎海水浴場(②では地球の丸く見える丘展望館からの眺望写真も載せてます)辺り、海水浴場の南端にある、早船という宿泊施設の辺りのようです。地図で見ても写真のアングルで犬吠埼灯台が見える一なので。
 
 
灯台をズームアップしてみました。
 
 
海岸線を撮ってみました。海ない県の栃木県から行っているので、海を見るとわくわくします。
 

 

海をぐるっと動画にしてみました。

 

 
この辺は遊歩道にもなっているのですね。犬吠のホテルに泊まって、散策するのもいいですねえ。
 
 
電動アシスト自転車なのですいすいと進んで、犬吠埼の近くの海岸線まで来ました。例えばレンタカーを借りてもいいわけですが、景色を満喫出来るという点ではやはりレンタサイクルで良かったなあと思いました。電動アシスト車なので、坂道もそれほど苦ではありませんしね。この日は夜に雨が降るという天候で暑くなかったから、風を切って走るにちょうど良い気候でしたしね。
 

犬吠埼灯台の道路標示看板が出ました。この交差点を左に上がって行くと、犬吠駅に行くようです。
 
 
この辺りの海岸線は白亜紀の堆積物で出来ているようです。すごいなあびっくり
 
 
道沿いに高浜虚子の句碑がありました。僕もブログを書くに当たって資料取りをする中で知ったのですが、犬吠埼近辺には文学碑がたくさん点在しているようです。銚子市観光協会でもその案内をWebで載せているので、リンクを張っておきましょう。句碑巡りも文学好きの方には、興味深いことでしょう。周りの自然と相俟って乙ですよね。
 
その観光協会サイトの案内によると、この句碑に書いてあるのは、『犬吠の 今宵の朧 待つとせん(犬吠の今日のおぼろ月夜を眺めたいものだ)』という句だそうです。文学に余り興味のない猛獣🐻ちっくな僕にも、ああいいなあと思える句ですね.
 
 
 
 
高浜虚子文学碑のある場所から見えた海岸線です。
 
何か先に出た海上保安庁の方が、何度も自ら希望を出して銚子に転勤したい気持ち。こんな海岸線を見て、海風を受けていたら、本当によくわかりました。住んでいたら釣り三昧ですし、海から登る朝日も見られるし、高浜虚子のように月を愛でることだって出来るのですから。僕もこうやってブログを書いていると、改めて銚子に行きたくなりました。
 
 
犬吠埼灯台に到着しました。
 
 
こんな風船を使ったオブジェもありました。
 
 
灯台にはエレベーターはありません。まあ灯台ですものね。犬吠埼灯台の資料館でも、全国の登れる灯台のパネル展示がありました(後出)が、公益社団法人 燈光会のサイト のぼれる灯台16を見ると全国に16基の登れる灯台があるようです。その一つがここ犬吠埼灯台というわけです。
 

 

途中で「犬吠埼」灯台と書いていた青文字(デバイス、OSによっては違う色の場合もあり)はクリックすると、銚子市観光協会の犬吠埼灯台の案内ページにリンクするようになっていたのですが、ここで改めてそのページのリンクを張っておきます。
 
 
 
門を入って左側に券売窓口があります。料金は大人300円、小学生以下無料(保護者同伴)です。
 
 
灯台を下から見上げてみました。
 
犬吠埼灯台の建設は、工部省灯台寮がイギリスから招聘した灯台技師、 ヘンリー・ブラントン技師の設計、施行、監督のもとに、1872年明治5年9月28日に着 工し、明治7年11月15日に完成、点灯しました。工費は、44,835円63銭でした。これは1872年(明治5年)の44,835円63銭を現在の貨幣価値に換算すると、約1億3,300万円から2億8,700万円程度と推定されます。これは、明治時代の1円が現在の1,500円から3,800円程度に相当すると考えられるためです。
 
この文章は銚子海上保安部の犬吠埼灯台に関するページの中からリンク出来るパンフレットに書かれていることと、当時の貨幣価値の部分はAIの力を力を借りて出したものを引用して僕が構成しました。貨幣価値に幅があるなあと思いましたが、何を尺度にするかによっても変わってきますし(例えば当時の大卒の初任給から換算するか、あんぱん一つの値段から換算するかでも違ってくる)、物価も賃金水準も年々変化しているので、明治時代でも年代によって換算値は変わってくるので、ドンピシャと○○円ですと言い切ってしまうことは出来ないので、そこはさすがAIだと思います。ちなみに僕のことだから、ほかの資料も見ているわけですが、1872年頃だとその頃の1円が現在の3,800円程度に相当するというの貨幣価値が有力なようなので、2億8,700万円もかかったとういうことでしょう。
 
 
 
これは航路標識事務所かな。
 
今までは「犬吠埼灯台」と書いてある部分をクリックすると、銚子市観光協会の犬吠埼灯台について書かれたページにリンクするようにしていましたが、銚子海上保安部でも犬吠埼、犬吠埼灯台の紹介をしますので、そのリンクも張っておきます。
 
 
ここは銚子海上保安部のホームページの旧トップページのようなのですが、ここからだと犬吠埼灯台の案内が書いてあるページにリンクしやすいです。
 
あと上でも全国の登れる灯台のリンクを張った燈光会の犬吠埼灯のページも貼っておきます。
実際の灯台の見学の管理はこちらの機関がやっているそうです。
 
 
犬吠埼灯台は、1874年(明治7年)に作られました。百年祭は1974年(昭和49年)に行われたようです。当時の市長、内田隆氏が建立した石碑ということかな。ちなみに昨年2024年(令和6年)には、150周年記念祭も催されたようです。
 
 
 
 
うわあこの看板見にくい。かろうじて標題が「尻屋埼灯台の霧鐘」というのと、全国各地の灯台の観覧管理を請け負っている、「社団法人 燈光会」というのが読める。書いてある内容は現地でも読むのが困難だったので、調べたことを繋ぎ合わせると、尻屋埼灯台は青森県の東通村にある灯台。東通村というと東北電力の東通原子力発電所もあって、僕も原発まで行ったことがある。これはその尻屋埼灯台の初代の霧鐘ということだろう。霧鐘というのは、霧が深い時に船に灯台の位置を知らせるために鳴らした鐘のことである。もう少し時代が進むと電気の力を借りて音を出す霧笛が鳴らされたが、初めのうちは鐘を鳴らしたらしい。
 
と、あちこち調べたことから上のような僕なりの説明文を作ったら、上でもリンクを張った、銚子海上保安部の犬吠埼灯台に関するページの中に、灯台のパンフレットをプリントアウト出来るPDF書類がいくつかの形で設置されていて、そこにこの霧鐘の説明が書かれていました。そのパンフレットのリンクURLも張っておきましょうか(初めのほうで載せた犬吠埼灯台の写真の説明でも張りましたが)。
 
 
おお!さすがクマ🐻(自画自賛 笑)、ここまでアップにしたら何とか書いてあること読めるじゃないかチョキ
皆さん、何とか頑張って読んでね~。
 
 
120年祭記念碑もあった。
 
 
これは霧笛舎。入口からみると灯台本体の裏にあります。当日撮ったつもりが写真が残ってないから、ちば観光ナビの犬吠埼灯台案内ページから写真をお借りしました。さすがに犬吠埼灯台は色々な観光情報サイトに案内が出ていますね。
 
 
これは貴重ですぞ。犬吠埼灯台の初代レンズです。霧笛舎の中にありました。
 
そして、看板に書いてあることとは違うと思うけど、最初の犬吠埼灯台の写真と尻屋埼灯台霧鐘の見にくい看板の所でもリンクを張った、銚子海上保安部のパンフレットinubo_4p.pdf (mlit.go.jp)からの引用文
 
~以下、引用~
 
灯台のレンズは、フランス製の第1等8面閃光レンズ でしたが、これは太平洋戦争で破壊され、現在のものは 灯台局レンズ工場で製作した第1等4面閃光レンズにな っています。
 
~引用終わり~
 
 
そしてその霧笛舎の中にあった霧笛を吹鳴させるための機械です。音は小さめに絞るように調整されていたのだと思うけど、ボタンを押して稼働当時の霧笛の音を聞くことが出来ました。
 
 
機械の前にも説明の看板が出ていましたが、横にも銚子市と燈光会が設置した説明板がありました。ここにも書いてある通り、2008年(平成20年)3月31日に、霧笛吹鳴が100年の歴史にピリオドを打ち廃止されたそうです。当日は最後の霧笛を鳴らすお別れ式典も挙行されたようです(Wikipedia犬吠埼灯台のページ内沿革より)。
 

 

でも今の時代はネット全盛期、YouTubeも全盛期ですね。さすがです。Windy777ClassicさんがYouTube動画で、2005年6月12日の霧の日に、実際に霧笛が現役で稼働中のときのものを公開してくれています。貴重な動画ありがとうございます。

 

 

これも写真の順番からいって、霧笛舎の中に展示されていたのだと思いますが、これは屋久島灯台(鹿児島県)のレンズで、8面あったレンズのうちの1面なのだそうです。
 
 

入口から見ると灯台の左側には、犬吠埼灯台資料展示館があります。写真は見ただけでは何だかわかりませんが、入口付近の廊下部分に、大きく帯状に描かれた灯台を紹介するパネル展示です。色々なテーマで写真を載せて説明文が書かれています。
 
上の写真とこの写真は撮影順序が逆になってしまったのだと思いますが、パネルの上には、Inubosaki Lighthouse Museum(直訳すると犬吠埼灯台博物館)と書いてあります。
 
 
そして室内に入る引戸(展示館開館中は開けてありました)の周りの壁にも・・・。
 
 
1階には各地の灯台で使われていたレンズが展示されていました。このレンズは犬吠埼灯台と同じ一等レンズで、福岡県の限界灘にある沖ノ島灯台のレンズだった物だそうです。一等レンズというと、現地で考えたのは、何となく大きさで区別するものなのかなと思いましたが、当たらずとも遠からず、実際は焦点距離によって等級が分類されるようです。大きさ(高さ)によるものではありませんでしたが、大きいと焦点距離も長い場合が多いので、当たらずとも遠からずというわけです。
 
ちなみに1等レンズが使われている灯台を1等灯台、2等レンズが使われている灯台を2等灯台と呼ぶようです。その辺りのことは、何度も名前が出てきている、社団法人燈光会の「航路標識の話 レンズのはたらき」というjページに書かれています。
 
レンズの下にあるオオカミ風の動物と人のパネルは、犬吠埼灯台を擬人化したキャラクターで、燈の守り人製作委員会、日本財団「海と日本プロジェクト」が手掛ける全国の灯台を擬人化するエンターテイメントプロジェクト「燈の守り人」のものだそうです。詳しくは2つのサイトのリンクを張っておきます。
 
 
 
 
これは東京湾入口の東京灯標(現在は廃止)で使われていた三等レンズです。
 
 
これは稚内灯台で使用されていた三等二連せん光フレネルレンズです。
 
と、書いてもなんだそれ?と思いますよね。僕は思ったから、可能な限り調べましたよ。僕のブログはそういう具合に自分で疑問に思ったことは、可能な限り調べるので、書くのにも時間がかかりますし、必然的に文章や構成もながくなりがちです。興味がなければ読み飛ばしてください。
 
まずフレネルレンズ(フレネル式レンズ)というのは、必ずしも灯台のレンズばかりではないのですが、簡単に言えばギザギザののこぎり状にすろことで、レンズの厚みを抑えて軽量化されたレンズをいうようです。フレネルレンズのことについてはWikipediaのフレネルレンズのページがわかりやすかったです。
 
では三等というのは上で書いたのでわかるとしても、二連なのはレンズを2つ設けて点灯を交互にすることで、船舶から見た時に点滅間隔を短くするという目的を持たせているレンズ。
 
あとはせん光(閃光)か。これは灯台の管理をしている本家本元の海上保安庁が公開しているホームページの中にわかりやすい説明を見つけました。

~以下、引用~

灯台のレンズには、フレネル式レンズの原理を取り入れた閃光レンズと不動レンズの2種類があります。閃光レンズというのは、ランプを点灯させたままで、レンズ自体を一定速度で回転させ、レンズの中心が向いた方向に強い光(閃光)を出すものです。不動レンズは回転しないで、ランプを点けたり消したりして閃光などを作り、全水平方向に光を出します。
 
~引用終わり~
 
 
ここから下は↓↓↓資料館内に展示されていたパネル展示を羅列します。とても丁寧に展示されていました。
2階の一角には灯台を描いた絵画も展示されていました。
 
 
こまでがパネル展示です。たぶんつぶさに撮影したと思うのですが、もしかしたら抜けている物もあるかもしれません。
 
 
さてここからは灯台に登ったところです。まず登り口。
 
 
灯台の洞内に螺旋階段が続きます。
 
 
登れ、登れ~。99段の階段はきついかなと思いましたが、期待が大きいからか、10段毎に段数が描かれた札がついていて登った段数がわかりやすいからか、螺旋階段という特性からかはわかりませんが、そんなに大変とは思いませんでした。最後の部分を除いては・・・。

99段という段数は、九十九里浜に関係あるのかなと思いながら登りましたが、これは正解。灯台を設計、施工監督したイギリス人灯台技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが近くにある九十九里浜にちなんで99段にしたと伝えられているそうです。
 
 
80段まで来ました。もうすぐじゃ~。
 
 
最後というのがこれ! 最後の最後はこんな鉄製の急で天井も低い階段を登ります。
 
 
展望台部に着きました。この日は平日でたくさんは人はいませんでした(とはいっても思ったよりは見学の方が多かったです)ので、登った時は僕だけでした。
 

海方向の写真を羅列してみました。
 

 

これこそ動画がいいかなと、いつものぐるっと動画にしてみました。今回のは灯台の丸い展望通路を360°ぐるっと回ってみた〝360°ぐるっと動画〟です。

 

 
今、実際に付いているレンズですね。
 
この一等閃光レンズは実際に使われているので回転します。もちろん昼間、見学出来る時間には実際に稼働はしませんが、祝休日などにデモンストレーションで回転させることはあるようです。
 
 
上から登って来た鉄製の階段を見下ろしてみました。こうやって見ると、僕が最後はきつかったというのがわかるでしょ。
 
 
階段の奥のほうには海上保安庁のポスター等が掲示、展示されていました。
 
 
下に下りてきて再度灯台を見上げてみました。あの柵のある部分まで行って来たんだあ。あ、そう言えば外川から折り返す銚子電鉄の中でお会いした海上保安庁にお勤めの方から聞いた、機関銃の弾の痕を確認するの忘れたあえーん
 
確かに海上保安庁の犬吠埼灯台についてというページで、「終戦間際の昭和20年8月10日に7機の戦闘機による爆弾と機関砲の攻撃を受けた。」と書いてあります。
 
 
当日は灯台の前、入口の券売所棟の裏手にある建物は休憩施設位に思っていたのは、灯台と一緒に建てられた旧倉庫なのだそうです。写真に撮らなかったので、銚子市観光協会ホームページ内からお借りしました。
 

2020年(令和2年)12月23日、吠埼灯台と旧霧笛舎・旧倉庫が国の重要文化財の指定を受けたそうです。そのときの銚子観光協会ホームページ内の記事から拝借しております。

 

祝!国の重要文化財に指定! 犬吠埼灯台と旧霧笛舎・旧倉庫が 重要文化財の指定を受けました!

 
 
その周りに咲いていた野花がきれいでした。あとから調べた限りではイモカタバミ(Wikipediaにリンク)かな。
 
 

それと旧倉庫のところでも写真を借りた銚子市観光協会のページからは、白い幸せを呼ぶポストの写真もお借りしました。これは当日全く気づかなかったえーん

2012年(平成24年)3月14日に灯台を管理する銚子海上保安部と銚子郵便局が協力し、神栖市神栖市内の集配センターで保管していた1960製造の丸形ポストを白い犬吠埼灯台に因んで白く塗った白い郵便丸形ポストが設置されている。 ホワイトデーに設置されたため「恋愛が成就するポスト」、「幸せを呼ぶポスト」、「願いが叶うポスト」とも称されている。これはWikipediaの犬吠埼灯台のページから引用した紹介文です。
 
 
さあ門前に戻って来ました。門前にも売店や食事の出来るお店があったのですが、犬吠駅を出て太陽の里 ホテル月美にレンタサイクルを借りに行く時(その模様は前の記事③で書いてます)に前を通った島武水産に向かいます。
 
その旨と帰りの様子はまた次回。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(取材日:2025.5.9)