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クマの散歩道~大好きなふるさと日光市を紹介するブログです~

大好きなふるさと日光市。その日光市での日常の暮らしを書いています。日光市から各地に出かけたことや食レポが多いかも。

前回「クマの散歩道100回記念特集 その1 クマ、報徳二宮神社(小田原市)を参拝する。」に続き、今回は日光市にある同じ名前の神社、報徳二宮神社(※1)を紹介します。

この神社は日光市民にとっては、お馴染みの神社ですが僕にとっては子供の頃からよくお詣りしたり、境内に集まってくる鳩にエサをあげたりした思い出の神社です。

※1 正式な神社名としては報徳二宮神社ですが、小田原のものと区別するために、神社の看板や御守りなどでは「今市報徳二宮神社」と地名を冠しているようです。僕も今回の取材で初めて知りました。
 

場所は、日光市の中心部今市地域にあります(※2)。近くには如来寺という浄土宗の寺院もあり、ほかにも日光杉並木や道の駅 ニコニコ本陣などの観光資源もありますので、付近を散策してみるのも面白いと思いますよ。

◎参考散策コース→今市まちなか散策コースを参考にしてみてください(日光市観光協会公式サイトの当該ページにリンク)。

 

 

※2 現在の日光市は2006年に5市町村が合併して出来ています。東照宮二荒山神社輪王寺といったいわゆる二社一寺などがある旧日光市の中心地からは10kmほど離れていますのでお気をつけください。日光市では行政運営上の便宜的措置として、広い日光市を旧市町村名に〝地域〟とつけて呼んでいます。現在の日光市役所は今市地域(旧今市市)にあります。

 


こちらが今回ご紹介する報徳二宮神社の社殿になります。今日行ってみて改めて感じたのですが、社殿の雰囲気はかなり小田原の報徳二宮神社と似ていますね(前回記事参照)。

 

 

 

 
東武鉄道下今市駅駅舎外観
 
僕のブログは市外から観光で日光市を訪れていただく方への情報発信をすることを主なコンセプトに書いていますので、神社までの道順を案内したいと思います。

まずは鉄道利用の場合は東武鉄道の利用が便利かと思います。下今市駅から徒歩で5分ほどの距離です。
 
下今市駅。この駅名を聞いて今や名前を聞いたことがあるという方も多いかもしれませんね。そうですこの駅はSL大樹の始発駅でなのです。SLの運行開始に合わせてこの写真のようなレトロ調の駅舎に建て直したほか、構内にはSL展示館や転車台、旧跨線橋を利用したギャラリーなどもありますので(※3)、現在は駅自体が観光的価値があります。

一方、JR日光線も観光列車「いろは」の運行を開始するなど、こちらも頑張っていますので、JR線の利用もまたオツかもしれませんね。JR駅からの写真はないのですが、このあと車で来た場合の案内の中で簡単に触れたいと思います。JR日光線の最寄り駅は今市駅になります。今市駅から神社までは徒歩10分ほどの距離になります。

◎東武鉄道の特急列車について→東武鉄道ポータルサイト特急列車の各ご案内をご覧ください。
 

※3 これら構内の施設には乗車を持っているか、入場券を買って構内に入れば施設自体は無料で見学出来ます。
 
東武鉄道下今市の駅を出ると、目の前の歩道上にいくつかの観光案内の看板が建てられていますが、その中にも報徳二宮神社の案内もありますから、下りた時に確認するとより安心だと思います。
 
まず駅を出て右手に道なりに進んで行きます。奥へ左にカーブを描きながら続く道を歩いていくことになります。
 
途中には下今市駅の自転車駐輪場があります。ここのフェンスには道の駅日光 ニコニコ本陣の看板があって、そこも同じ方向に進むことがわかります。
 
更に進むと道がT字路で交差しますので、ここを左折すると神社は目と鼻の先です。と、いうより正面の敷地はもう神社の境内の一部です。

この道は地元民の抜け道のようになっていますから意外と車が多いので十分お気をつけください。特にT字に交差する道路の右側からこちら側(下今市駅側)に曲って来る車、あるいはその逆方向に通る車が多いです。
 
ちょっと話を戻します。ここは元の下今市駅前です。先ほど書いた観光案内板も見えていますが、その先の南に伸びる道(現在駅前を再開発中なので工事用のパイロンが立っています)があります。この道は県道118号線(下今市停車場線)という道路ですが、駅から見て道の右側、工事用のパイロンが並んでいる真ん中辺りに右に入る割と広めの道があります。この道を右折すると市営の無料駐車場があります。お車でお越しの節は、まず下今市駅まで来てみて、そこからこのルートを辿るのが迷わずに済むかもしれません(※4)。

 
※4 記事執筆当時、日光街道から下今市駅まで入ってくる道はまだ狭い道でわかりにくのですが(写真で見えている県道118号線は500m位の長さでT字路で交差し、そこを右折した先に日光街道があります)、再開発により道を拡幅する予定がありますので、その工事が完了するともう少しわかりやすくなるだろうと思います。
 
こちらが市営駐車場です。神社の境内にも駐車場がありますが、こちらに停めるとほかの場所もゆっくり観光出来るので、僕個人としてはお勧めかなあと思います。ここから神社までは徒歩2分ほどです。
 
入場時間に制限がありますが、よほど早い到着でなければ開いている(開始は9:00~)ので観光で使うには問題ないと思います。
 
駐車場を出ると、左手に進み、突き当りのT字路を左折するとすぐに神社の入口があります。この道は下今市からの徒歩ルートとして上で案内した道と南北に平行する道です。従って駅から徒歩の場合もこちらの道を回っても良いと思います。
 
 
上で書いた2本の道とも、それぞれにT字路を左折すると程なくこの神社入口に至ります。
 
もしきちんと一の鳥居から潜りたい方は、この道を更に進むと小さな十字路になっていますので、それを右折すれば後述の場所に出ます。
 
 
次に日光街道との位置関係を載せておきます。日光街道から神社までは参道を100mほど進んだ所にあります。
 
ここでJR日光線の今市駅からの道順を簡単に説明します。この写真で見ると2つ目の信号(信号は見えにくいかもしれませんが、2つ目の青い交差道路標識の下です)が小倉町(おぐらちょう)交差点という名前がついています。角にはファミリ―マートと下今市郵便局、ホテル村上というホテルがあります。それを踏まえた上で今市駅からの道順をご案内します。

まずJR今市駅は出口は一つです。駅舎を出たら駅前広場の正面より少し右寄りの所に北方向に進む道(駅を背にして真っ直ぐ進む道)がありますから、それをとにかく真っ直ぐ歩いて来るとこの小倉町交差点に出ます。こちらは再開発が終わっていて道も拡幅されているので、とにかく駅を背にして真っ直ぐ進ん来れば迷うことはないと思います。途中にはNTTのビルが右手にあります。
 
JR今市駅から来たとすると小倉町交差点を左折(日光の社寺方面)です。

こちらから見て、小倉町交差点を真っ直ぐ進むと宇都宮方面、左に曲ると上で紹介した下今市駅、右ならJR今市駅です。
 
JR今市駅からの道順からは一度話が逸れます。こちらは参道入口から、日光街道の反対側を見たところです。50m位先右側、白い車の向こう側が道の駅日光 ニコニコ本陣になっています。
 
更に100m位進んだところにが大きな十字路になっていて、この交差点名が春日町(かすがちょう)交差点といいます。この交差点は日光市の要衝で、国道119号線(日光街道)と国道121号線(会津西街道=鬼怒川温泉方面に通じる道)の交点です。こちらから見ると、春日町交差点を直進すると二社一寺方面(上の注釈2で書いた日光地域=旧日光市)、右折すれば鬼怒川温泉、川治温泉、湯西川温泉など日光市北部の各温泉へ(国道121号線)、左折すれば日光宇都宮道路(通称・日光道)の今市インターチェンジです。
 
話を元に戻します。JR今市駅からにせよ、日光地域や鬼怒川温泉方面からにせよ、道の駅日光のすぐ近くにこの写真のような報徳二宮神社への参道があります。この参道は車も通行可能ですが決して広くはないので、くれぐれも歩行者にはお気をつけの上運転してください。

ここからでも先に一の鳥居が見えているのがわかるでしょうか。
 
 
参道の突き当りが一の鳥居です。この先は当然ですが車両進入禁止です。

話がややこしくなるのでこれは必要な方だけ読んでいただければいいのですが、もし車でこの参道を入って来たのであれば、ここを右折するとすぐに小さな十字路があります。そこを左折すれば、上で下今市駅から徒歩の場合できた場合の入口の所に出ます。そちらからなら神社境内にある駐車場(有料、参拝者は無料)にも入れます。また上で説明した市営駐車場はその神社入り口の先を右折したところです。そんな位置関係になります。
 
 
ちっと道順の説明が多岐に渡り長くなってしまいましたねショボーン
では、報徳二宮神社の案内を始めましょう。
 
一の鳥居を潜ると次は二の鳥居です。茅の輪(ちのわ)がついています。
 
境内三の鳥居の右脇には今市田植え唄の碑があります。

◎今市田植え唄は今市田植え祭で歌われる唄です。資料としては鬼怒川温泉のホテル丸京さんのサイトで書かれているものが一番わかりやすいようです(※5)→今市田植祭(たうえさい) 〔日光市(今市)〕

※5 資料の日付は少し古いです。またこのリンクもほかの民間企業等のサイトへのリンクはアフィリエイトではありません。一切広告料などはいただいてなく、純粋にわかりやすいと思うものは資料として引用させていただいているものです。
 
更にその右側に御神木(杉の木かな?)があります。
 
その下には報徳二宮神社の由緒が書かれた看板があります。
 
~以下は、今市 報徳二宮神社のサイトより由緒の部分を丸ごと抜粋したものです。看板に書いてある内容とは全く同じ文章ではありません。
  • 明治二十六年起工
  • 同三一年に鎮座祭を執行
  • 同三三年に県社に列せられる

ご祭神・二宮尊徳は今市の報徳役所にて逝去しました。

その後、尊徳の終焉の地である由緒を持つ今市に神社が創建され、
今日まで学問・経営の神様として人々に親しまれています。

本殿の裏には栃木県指定史跡・尊徳翁のお墓と遺品を陳列した宝物館があります。 

 
三の鳥居を潜るとすぐ左手に手水舎があります。その左奥が社務所です。
 
さて本殿へ向かいましょう。
 
こちらが本殿です。

 

~以下、同様に神社のサイトより引用

ご本尊

二宮尊徳命 (にのみやそんとく)

二宮金次郎(金治郎) 
天明七年(1787)~安政三年(1856) 
江戸後期の実践的農政家。
 

 

天明7年(1787)、相模国(神奈川県小田原市)の豊かな農家に生まれましたが、 幼少時に家が没落し、両親とも死別して兄弟はばらばらに親戚の家に預けられました。 

一家を再興するために一生懸命働きながら勉強し、創意工夫を重ねてお金を貯め、田畑を少しずつ買い戻していきました。

薪を担いで、本を読んでいる姿の少年金次郎像のイメージはそのころのものです。 

やがて24歳までに家を再興させた金次郎は、その体験を生かし小田原藩家老の財政再建を手掛け、五年で成功させました。
千余両の借金を完済し、300両の余裕金ができたといいます。
金次郎はその時、100両の報酬は一切受け取らず、「これも使用人の協力のおかげだから」といって、使用人たちに分け与えたそうです。

この服部家の再建で金次郎の名声は上がり、小田原藩桜町領(栃木県二宮町)復興をはじめ、 600ヶ村以上の村や藩の財政再建・復興をてがけました。

尊徳命の考え方や方法は報徳仕法と呼ばれ、豊田佐吉・松下幸之助・御木本幸吉といった明治大正の政治経済に携わる 人々の 精神的支柱となり人々に大きな影響を与えました。

 

本殿の右側には大谷石造りの蔵があります。栃木県の旧家ではよくある大谷石造りの蔵です。
 
そしてその蔵の手前には、二宮尊徳翁の銅像があります。こちらの銅像は小田原のものと違って、薪を背負って読書している銅像ですね。昔よく学校にあったのと同じスタイルのものです。あくまで諸説ありますが、二宮尊徳翁は幼少期に実際はこういうスタイルで本を読んでいたことはないという説が現在は有力なようです。
 
蔵の前を左奥に入ると、渡り廊下を潜って、本殿の裏手に当たる所に二宮尊徳翁の墓所があります。
 
ここを踏み石に沿って左に行くといよいよ墓所です。
 
ここにも二宮尊徳翁の銅像があります。こちらは小田原にあったものと比べてお歳を召しているように見えるのは気のせいばかりではないでしょう。きっとこの地で晩年を過ごされたので、それにあった銅像ということなのでしょうね(未確認事項)。
 
墓所の横には案内の石碑が建立されています。ここに書いてあるように栃木県の史跡に指定されています。

◎民間企業のサイトのようですが、二宮尊徳翁の墓所についてはこちらのサイトがわかりやすいようです
 
現地でも栃木県教育委員会が立てた看板があります。スマホだとちょっと厳しいかもしれませんが、パソコンならば十分読めると思います。
 
こちらが二宮尊徳翁のお墓です。御遺骨が埋葬されている場所はこんもりと土が]盛られています。
 
こちらは墓所の右側に建てられたものです。二宮尊徳翁が詠んだ句のようです。
 
更に奥にはこの石碑がありました。彫ってある内容は僕には残念ながら判別(理解?)出来ませんでした。
 

質実剛健の言葉通りの人生を歩まれた二宮尊徳翁は、自身が亡くなったときも質素であることを望まれたようです。
 
二宮尊徳翁の遺言と墓碑の建立
「我が死応に近きあらん 我を葬るに分を越ゆること勿れ、墓石を建つること勿れ、只々土を盛り上げてその傍に松か杉を植え置けばそれにて可なり、必ず我が言に違ふこと勿れ」と遺言されたが、忌明けの安政四年(筆者註・1857年)の門人間に墓碑建立の義が起り、是非の意見が区々容易に決定せず、遂に未亡人の意思を伺って建立し、今日に至っている(筆者が看板より読み取り)。

翁の遺志は守られなかったようですが、議論をした門人の方たち、あるいは奥様をどうして責められましょうか。
 
墓所の外構の外側には献木の金木犀(きんもくせい)が植えられています。遺言では「杉か松を植え置けばそれにて可なり」と遺している翁も、きっと秋の開花期にはその香りを楽しまれていることでしょう。
 
その金木犀が写るように少し引いた所から写真を撮ってみました。上で入ってきた時に翁の銅像や石碑を写した写真とほとんど同じですね。
 
戻って蔵の前を墓所のほうからだと左に入って行くと、報徳文庫(宝物館)があります。こちらは常時開放はしていないようで、見学したい場合は社務所で受付するそうです。入館料300円です。今回の取材では割愛させていただきます。
 
報徳文庫の前には、小さな祠があって足手荒(あしてこう)神社と名づけられていました。ここでもしっかりとお詣りさせていただきました。地元の僕もここまでは初めて来ました。

あくまで個人的意見なのですが、こちらの報徳二宮神社は社殿にこそお賽銭箱がありますが、墓所や銅像、石碑の前、そしてこの手足荒神社にもお賽銭を上げる場所がありません。決してそれが悪いという意味ではなく、ほかの神社では色々な場所にお賽銭箱があるのですが。これも翁の遺志を反映しているのかなあなどと思ってみたりしました。
 
ここでも家族のために御守りを授かりました。地元なんですけど初めて手にしました。前回の小田原の報徳二宮神社で御守りを授かった時、「これを日光市で持っていても今市の報徳二宮神社としか思われないじゃん」と書きましたが、間違いだったようです。こちらの御守り袋と買った際に入れてくれる白袋にも「今市 報徳二宮神社」と地名が入っていました。
 
 
 
 
★最後に個人的なお話を・・・。
 
100回記念特集として(ブレイキングニュースなどの形でアップしているものには付番してないので実際の記事数はもっと多いのですが)、2分割にして小田原と日光市の報徳二宮神社のレポートをアップしてみました。このブログの設立趣旨が「日光市の紹介」ですから、日光市の報徳二宮神社の案内は当然として、小田原のほうもレポートしてみたのには理由があります。
 
それはこの「クマの散歩道」という題目がパッと、本当にパッと頭に閃いたのがここ日光市の報徳二宮神社でのことだったからです。だから100記事目が近づいてきた時に、100回記念特集としては二宮尊徳翁の生誕地小田原と終焉の地日光市の2つの「報徳二宮神社」参拝し、レポートを上げることで二宮尊徳翁に感謝の念を表しようと思ったからです。
 
小田原市のほうは初めて参拝しましたが、小田原城内にあってとても良かったですし、日光市のほうは子供の頃からお馴染みの神社だとはいえ、小田原の神社を参拝したあとに改めて参拝してみると、また違った思いを抱くことが出来ました。
 
小田原市の報徳二宮神社も日光市の報徳二宮神社もどちらも素敵な神社ですから、皆様も是非ともご参詣ください。また日光市今市地域は観光的には地味ですがゆっくり歩きながら見学出来る観光資産ばかりです。日光市の有名なスポットやテーマパークも素敵ですが、こんな日光市もあります。
 
また今市地域は上でも触れたように、鉄道の便も道路の便も良い場所です。また地元では一番の商業地域でもありますので、永住をお考えの方はもちろん、観光のお客様にも楽しんでいただけるお店もございます。東武鉄道のSL大樹、あるいはJR日光線のいろはとセットででも良いかと思います。どうぞ途中下車してみてください。


 


報徳二宮神社(日光市)
日光市今市743
0288-21-0138