クマの散歩道200回記念 会津マウントエクスプレスで行ったクマと猫の旅行記(前編)。 | クマの散歩道~大好きなふるさと日光市を紹介するブログです~

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大好きなふるさと日光市。その日光市のグルメやスポットなどを独自の視点で、のんびり気の向くままに綴るブログです。

皆様こんにちは。

新型コロナウィルスのオミクロン株は、上げ止まりの呈をなしていて、まだまだ予断は許せませんが、少しずつ新規感染者も減りつつあります。

 

それよりももっと恐いのはロシアが、ウクライナ南東部にあるザポリージャ原発を攻撃して乗っ取ったことです。一歩間違えれば、チェルノブイリ事故あるいは福島第一原発事故以上の大災害が起こっていたところです。チェルノブイリ事故も福島第一原発事故も原因を突き詰めていく中では、人災だともいえますが、それでもあくまでも〝事故〟であって、誰かが故意に原子炉を爆発させたわけではありません。でもプーチン率いるロシア軍は故意に原発を危険に曝した。絶対に許してはいけない行為です。

 

さてそんな不穏なご時世ではありますが、話題は明るくいきたいと思います。

 

去る2月15日(火)、16(水)の両日、我が家の愛猫チョコを連れて会津まで行ってきました。宿泊は猪苗代のリゾートホテルでした。

 

なぜこの時期にかといいますと、それは3月12日(土)に東武鉄道を中心にしたダイヤ改正があります。日光市に関係あることで主なことは、前回のブログ記事でも一部触れた通り・・・

 

①特急・急行以外の列車は、南栗橋以北において全列車ワンマン運転化されること。

②浅草からの特急列車がリバティ車両による3両運転の便が出来、全体の発車本数としては増えること。

③野岩鉄道、会津鉄道との相互直通運転の列車を大幅に減便し、残る便についても全てが鬼怒川温泉発着となること。

 

と、こんなところです。③は今回の記事関連することなので赤字にしてみました。
 

改正前の現在は、AIZUマウントエクスプレスという、会津若松から東武日光まで走破する列車が存在するのですが、改正後はその列車も鬼怒川温泉発着になってしまいます。せっかく日光の社寺の最寄り駅東武日光と、白虎隊の歴史ある会津若松という2つの大きな観光地を直通運転で結ぶ貴重な列車だったのに、区間が短縮するのは、返す返すも残念でなりません。

 

この列車にはかねてから乗ってみたいと思っていたのですが、なかなか叶いませんでした。でも運行区間が短縮されてしまう前に乗っておこうと実行に移しました。ただ直前になると同じように考える人がいて車内が混み合うかもしれないから、約1ヶ月前の2月15日にしたわけです。

 
 
前は東武日光を11:43に発つ便があったのですが、今は夕方になってしまっていますので、全線乗車は帰りの行程に回し、行きは鬼怒川温泉を9:37に発車するAIZUマウントエクスプレスにしました。エクスプレスという名前がついていますが、特急、急行列車ではなくて、乗車券だけで乗れる普通列車です。会津鉄道が所有する気動車車両(ディーゼルカー)で運行され、東武線内でも会津鉄道の乗務員が乗務を担っている珍しい列車です。相互乗り入れの場合、通常は乗り入れ先の線区では、その路線の乗務員が乗務するのが普通です。
 
この日、日光市鬼怒川温泉は小雪が舞う、とても寒い日でした。自分のキャリーバッグと、チョコ三毛猫を入れたキャリーバッグを持って大荷物なのと、出発地の駅前から写真に残しておきたかったので、自宅から鬼怒川温泉駅までは自家用車で行きました。
 
 

駅前には、鬼怒川温泉のシンボル鬼怒太がいます。
 
「鬼怒太、いってきまあ~すビックリマーク
 
 
切符は自販機でなく窓口で購入しました。初めは自販機で買おうとしたけど、今一つ操作方法がわからなかったのと、会津若松から先のJR磐越西線の部分の乗車券も通しで買えるかなあと思った(鬼怒川温泉駅にはJRの発券機マルスがあるので)からです。結果としては会津若松までしか買うことは出来ませんでしたが、自販機から出る一般的な味気ない切符より、この写真のような切符を買えたので良かったです。この写真は乗車前の撮影ですが、使用後の切符は、最終的に改札を出た猪苗代駅で記念にくださいと言ってもらってきました。
 
 
鬼怒川温泉での発車ホームは、跨線橋を渡らなくて済む2番線の発車でした。あとから向かい側の1番線(頭端式のホーム。頭端式とはそこで行き止まりということ)に、浅草からの特急スペーシアが到着したので、乗り換えのお客様の利便性を図っての措置です。
 
 

今日の運行を担うのは、会津鉄道のAT-700、750形です。
 
 

この列車は快速列車扱いで、特急券なしで乗れるのですが、車内のシートは特急並みの全席転換シートで、リクライニング機能もついているという豪華設備を誇ります。
 
 
鬼怒川温泉駅では小雪が舞っていたものの積雪はありませんでしたが、川治湯元駅では眼下に積雪がありました。この辺りは一つ手前の川治温泉駅から鬼怒川と男鹿(おじか)川が合流する谷を橋梁で渡ります。下に見える建物は、五十里(いかり)ダムの貯水で発電する川治第一発電所です。
 
 
ここはまだ日光市内です。三依(みより)地区にある中三依温泉駅の付近です。ここにはみよりふるさと体験村 ・ 男鹿の湯があります。
 
 
野岩鉄道と会津鉄道の境界駅、会津高原尾瀬口駅です。少し飛んだ感がありますが、途中新藤原駅で東武鉄道から野岩鉄道線になり、川治温泉駅などを通過して、ここからは今度は会津鉄道の路線になります。会津マウントエクスプレスが所属する路線というわけです。野岩鉄道線は、山間部を走るので、ほとんどがトンネルで、その代わり列車はスピードを上げて走っていましたが、ここからはのんびりローカル線らしい旅になります。

この駅は、会津若松から只見線が磐越西線から分岐し、その只見線の途中駅西若松で更に分岐した、会津鉄道の前身会津線(国鉄線)。その会津線の終着駅、会津滝ノ原駅だった駅です。

会津線は国鉄再建法により第2次特定地方交通線に指定され、国鉄分割民営化後の1987年(昭和62年)7月に第三セクターの会津鉄道に転換されたという歴史があります。駅名も会津滝ノ原から会津高原、そして現在の会津高原尾瀬口へと変わっています。今でこそ南会津町の観光会津たかつえスキー場への下車駅として機能していますが、かつてはひなびた山村の小さな駅でした。
 
 
そして南会津町の中心である、会津田島駅に到着です。会津鉄道も会津高原尾瀬口から会津田島までは電化され、浅草から東武鉄道線、野岩鉄道線を経由して特急リバティ会津が1日4往復します。また特急リバティに接続して、会津若松までリレー号も運行されています(リレー号についても←手前の特急リバティ会津のリンクをクリックすると説明があります)。今回僕が乗った鬼怒川温泉始発のAIZUマウントエクスプレスが、特急スペーシアの到着を待って発車したように、時間帯によっては、特急スペーシア→AIZUマウントエクスプレスが浅草~会津若松間の運送を担うこともあります。

 

 
鬼怒川温泉では小雪が舞っていましたが、南会津は根雪はたくさんあるものの、この日は快晴でした。

 

 

 

会津田島では少し停車時間があったのでホームに下りてみました。向かい側のホームにはAT-600形気動車が停まっていました。
 
会津田島の駅は車でも来たこともありますが、会津鉄道の中では一番大きな駅で、駅舎は会津田島ステーションプラザを併設、駅前にはC11-254号機蒸気機関車も静態保存されています。C11というと、東武鉄道が運行するSL大樹と同じ機種です。東武鉄道のC11形蒸気機関車がイベントで会津田島まで運行されたことがあって、その時はC11同士がでこの地で出会ったというエピソードが、鉄道ファンの間で話題となりました。
 

また、このブログでも会津田島駅のことを書いています。

 

 

チョコ三毛猫はキャリーバッグの中で大人しく伏せています。メッシュ窓に指を近づけると、小さな鳴き声を上げて返事をします。
 
 
これは会津下郷駅です。ここで会津鉄道の路線図を見てみましょうか。行く時のAIZUマウントエクスプレスは、東武鉄道線内は各駅に停車、野岩鉄道線内は男鹿高原駅のみ通過、会津高原尾瀬口からは会津鉄道線内を会津田島まで、途中駅4駅は通過、会津田島からは終点会津若松まで各駅に停車するという運行形態でした。
 
 
会津鉄道線内(というより東武鬼怒川線、野岩鉄道会津鬼怒川線、会津鉄道会津線、JR只見線と全線)は単線なので、会津下郷でも下り列車(会津線から路線を引き継いでいるので、会津高原尾瀬口=旧会津滝ノ原方向へ行く列車が下り)の待ち合わせで、要所要所の駅で停車時間が長いというゆっくりした旅です。列車好きな僕は普段は見ることの出来ない会津鉄道の気動車などが見られるのでうれしい限りなのですが。
 
 
ここは茅葺き屋根の駅舎として有名な湯野上温泉駅です。この駅は線路沿いの桜が咲くととてもきれいなので、その頃また会津鉄道に乗って来てみたいな。その頃はダイヤ改正後なので、どんな旅になるのでしょうか。
 
湯野上温泉駅は、千鳥式ホームなので上り電車の車内からは停車中にはこんなふうにしか駅舎の写真が撮れません。

千鳥式ホームって何?をわかりやすく説明してくれているサイトが、鉄道豆知識 第2回 「ホームの形式色々」です。
 
 
出発して走行する車内から撮影しましたが、肝心の茅葺き屋根の上部が切れています。
 
 
湯野上温泉を過ぎてからの道路の様子ですが、路面は乾いていました。
 
 
 
列車は西若松に到着しました。ここからはJR東日本の只見線になります。AIZUマウントエクスプレスは、東武鉄道、野岩鉄道、会津鉄道、JR只見線と4社線を走破する列車でもあります。
 
今は只見線のここより先、会津川口~只見間27.6㎞は、2011年7月の 水害により橋梁流出などの被害を受け、長期運休を余儀なくされています。
 
今回は、帰りに会津若松から東武日光まで、AIZUマウントエクスプレス全線乗車をしましたが(後編で書きます)、また別の計画としてかねてから温めていたのは、東武鉄道線→野岩鉄道線→会津鉄道線→只見線→上越線→高崎線→東北本線(宇都宮線)→日光線と乗り継いでぐるっと1周してくるという計画もあります。この計画は只見線復旧の目途が立たなかったことから、もう10年以上実行出来ずにいます。でも福島県が第3種鉄道事業者(施設を保有)になり、JR東日本が第2種鉄道事業者(運行を担う)となって(JR東日本は第1種鉄道事業=施設保有、運行共担う=の廃止申請をして、福島県に施設を無償譲渡している)、2022年、つまり今年の夏にでも運行再開するという話もあるので、それが叶ったら、この1周旅も実現するかもしれません。只見線はとても景色の良いところを走りますから、これも乗り応えのある鉄道旅になりますよ。
 
※参考記事
 
 
 
さて、AIZUマウントエクスプレスは、終点の会津若松に到着しました。
 
 
磐越西線のホームから乗って来たAIZUマウントエクスプレスを撮ってみました。
 
上の写真でもこちらに向かってくる姿が写っていましたが、この列車(気動車)って何?とこの時は思いました。喜多方へ行くのかな?でも喜多方までは電化されていたよな?などと考えました。この答えは帰りに判明するのですが、ここでは種明かしはせず、当日と同じように疑問として残しておきましょう。
 
 
会津若松駅2番線から磐越西線の普通電車に乗り換えました。乗り換え時間は、6分ととても理想的な乗り換え時間でした。
 
これは今回の旅の計画段階お話になりますが、AIZUマウントエクスプレス全線乗車が帰りになり、行きは鬼怒川温泉発のAIZUマウントエクスプレスに乗車することを決めたことで、その先の行程が面白いようにトントン拍子に決まりました。転んでもただで起きない僕らしいエピソードです。
 
そして、計画段階においても気持ちいい位にスケジュールが出来上がり、実際に終わってみたら、一部想定外のことが起こりながらも、逆にとても思い出深い旅になったことは次回書きたいなあと思います。
 
 
磐越西線の上り郡山行きの車内の様子。磐越西線は郡山~会津若松間と会津若松~新津(新潟県)の運行は完全に分離(電化、非電化の違いもあるから当たり前といえば当たり前なのですが)されており、普通電車は郡山~会津若松間においてもワンマン運転化されていました。それから考えると日光線のワンマン化、または東武鉄道の南栗橋以北のワンマン化は仕方ないことなのかなとも思えました。元々決して繁盛路線とはいえないのに、コロナ禍で生活様式が変わり、観光客も減ってしまったことで、JR東日本も東武鉄道も相当苦しくなっているのだと思います。その上両線とも使用している車両も古くなってきて置き換えも必要だという時に、ワンマン化の話になるのも仕方ないことなのかもしれません。東武鉄道は既に宇都宮線はワンマン化されているという実績もありますしね。
 
 
磐越西線の電車は、猪苗代駅に到着しました。
 
 
猪苗代駅のコインロッカーに自分の荷物を入れたキャリーバッグは預け、チョコ三毛猫を入れたキャリーバッグを背中に背負い、帆布のトートバッグだけ持って少しだけ身軽になりました。これも失敗→思い出につながるのですが、それは次回。
 
ここからは路線バスを利用しました。どこに行くかは次回のお楽しみ~。地元の方に聞いたのですがかつてはここも会津バスが運行されていたそうですが、今は東京の東都観光バス系列の磐梯東都バスが運行を担っているようです。
 
その方に聞いたところでは、かつては郡山~猪苗代~会津若松間(一部は更にいわき間も)の国道49号線は、会津バス、福島交通、常磐交通と3社のバスが特急バスを走らせていた時期もあったそうです。どこの地方でも交通が大きく変化していることは同じなんですね。
 
 
 
 
(取材日 : 2022. 2. 15)