「頑張る」の罠 | KeyMaker

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普段からよく考えていることを書いてみる。

一般的に天才だとか、凡才だとかを会話の中でよく聞く。
また「頑張って」だとか「頑張るよ」という言葉もよく聞く。

天才と凡才の認識の違いについて紐解いて考えてみよう。

僕の勝手なイメージだが、

・天才
「頑張る」は決めたことをするだけの作業。精神面で特別に気合を投入しているわけではない。

・凡人
「頑張る」は何かやる事に対して「気合を投入しなければならない」と思っている。

で、問題なのは多くの凡才が「頑張る」の意味を教えちゃってること。
だから大多数の人と同じことをやっちゃっている。

そこが罠だと思う。

だったらやることはとてもシンプル。
精神論を掲げて複雑化する必要はない。

「いや、メンタルって大事でしょ」って反論があると思う。
でもここで言っているのはそこじゃない。

決めたことを、コミットして淡々とやるだけ。

成果を出してきた人たちは、「努力」という「作業」をほかの人より多くやっただけなんだ。
努力の量は必ずしも一致していない。


同じ事でも1時間練習すればできる人もいるだろうし、逆に10時間かけてやっとできる人もいる。

その差は何かと言われれば、素質じゃないの?って言われそうだけどここでは挙げない。


変えられない部分にフォーカスするんじゃなくて変えられる部分にフォーカスする必要があるからだ。

そういう部分で、その効率を最大化する方法として僕が言えることは現段階で1つだけ。


「イメージ」だ。