昨日、体育祭の疲れがまだ残ってます;;
では本日は少女時代についてのニュースをお送りしたいと思います。
□『揺れる大地に立って 東日本大震災の個人的記録』 ■人生、何が起きるか分からない 半年前、震災が襲った日、曽野さんがたった一つ心がけたのが「普通の暮らしの空気を失わないこと」だった。慌てず、情報を過信せず、自分で自分の身を守る。
そんな普段通りの“流儀”を貫いた。
本書は3・11以降の個人的記録を中心にまとめた。平和ボケのこれまでの日本人に耳の痛い言葉が並ぶ。〈人間は嘆き、悲しみ、怒ることには天賦の才能が与えられている。しかし今手にしているわずかな幸福を発見して喜ぶことは意外と上手ではない〉 「戦争中は食料の配給も避難所もボランティアの支援もなかった。
あらゆる補償がなくても、みんな必死で生きてきた。それを思えば、いま自分に与えられている豊かさに感謝しないといけない」 被災地の避難所で暮らす高齢者に対して「上げ膳据え膳」の弊害を説く。「被災者に優しくするのがいけないというのではない。
『弱者に優しく』という一方的な決めつけがよくない。生きるということは、何らかの仕事を見つけて働くことなんです」 人間とは良心のかたまりではなく、その場その場で卑しさや怠惰な心が交互にのぞく動物である。
「この震災には『運命の贈り物』のような側面がある。断水や停電を経験して水と電気のありがたみを知ることができた」。
平和なご時世よりも「国難」といわれる事態になると、曽野さんの言説は一層、心に響く。実は本人もそれをご承知だ。
「『一生書きます』と宣言する作家がいますが、私にはとても言えない。
明日、書くことがいやになってしまうかもしれないし、書けなくなるかもしれない。
ただ、書けるだけの健康があるうちは好きなことですから、書くでしょうね」 少女時代は戦争で貧困にさらされ、40代は病との闘い、50代からはアフリカの最貧国にたびたび足を運び、カトリックの修道女の仕事を支援してきた。そんな“回り道”の歩みから学んだ教訓は「常に人生は次の瞬間、何が起きるか分からない。
何事も信じてはいけない」ことだ。(扶桑社・1050円) 日出間和貴 ◇ 【プロフィル】曽野綾子 その・あやこ 昭和6年、東京都生まれ。聖心女子大卒。小説『神の汚れた手』『哀歌』、ベストセラー『老いの才覚』など著書多数。平成5年、日本芸術院・恩賜賞受賞。
7年から約10年間、日本財団会長を務める。