第8場 1993年1月12日 アメリカ山岳部時間(MST Mountain Standad Time GMT-7)22時00分 ロッキー山脈地下基地司令部支所~秘密時空保安局職員居住区
わたしは司令部支所の当直仕官に帰還した旨を簡単に報告してから同じ敷地内にある秘密時空保安局職員居住区に戻った。この際一週間の睡眠をまとめて取ろうという作戦だ。バーから持ってきた私物の中にあの賭けで勝った!ウイスキー゛オールド・アンダーウェアー゛があるのでとりあえず今回の新人スカウト作戦の報告書を書く前に一杯飲んでみた。(そう、あの賭けは結局わたしが勝ったのだ、自分が審判員であり挑戦者でもありチャンピオンなのだから。)
正直とてもおいしいとは言えない味に、なぜ今までわたしはこの゛オールド・アンダーウェアー゛が好きだったのかよくわからなくなっていた、ただ、現状は何もないよりはいいのでここへ持ってきて正解だった。心身ともに疲れ果てている身としてはしらふではいたくないのだ。わざと頭を少し混沌とさせたほうがいい。理路整然としたお仕事解決モードにしておいたのでは考えることが多過ぎて骨休めにならない、
とはいっても酔いすぎてもまたいけない。ぐてんぐてんに酔っ払って何もかも忘れたい・・・という心境はバーテンダーでなくても充分理解できるが今はそうなってしまうわけにはまだいかない。人々はアルコール依存症(まどろっこしいな、アル中でいいだろう・・・)になった人のことを゛蛇に取りつかれた゛という表現でその独特な症状を言い表すがわたしは人間に取りつかれているのだ。正確には霊魂、生霊だか死霊だかよくわからないが回りでうごめいている。わたしそのものがそれらの仲間なのかもしれない。
わたしはしばらくしてから今回の新人スカウト作戦の報告書を仕方なく書き始めた。
いや、この時代になるとタイプライターで打って文字にするのではなく喋っただけで音を記録してくれる装置・・・テープレコーダーなるものがあるので一言一言ちゃんとした文章になるように頭の中で整理しながら話せばいいので一人喋りを始めた。
周囲に事情がわからない人がいたら驚く光景だろうがペーパーレス社会とかなんとかで紙を使うことが少なくなってきている。新聞や本も訳のわからない名前の機械で読めるようになっているらしいがわたしはついていけない。
わたしに課せられていたノルマの新人四十人は初歩的な精神鑑定の試験を受け全員合格していた。あの゛私生児の母親゛も・・・こいつは問題なくパスするのはわかっていた。このわたしはこうして既にこのポジションにいるのだから。
報告書に続いてわたしは新人スカウトの仕事から外してもらって以前のように前線勤務をしたい旨の請願をテープレコーダーに向かって喋りほっとため息をついた。
新人スカウトは正直もう飽きた。わたしがやらなくても他にいくらでも能力が高い人材はいるだろう。いや、今までかなりの数の優秀な人材を発掘してきたという自負はある。それぞれの人間に思い出というものがある。各地、各年代にそれぞれ散らばって活動していることが多いのでなかなか遭遇する機会は少ないがふとしたはずみでお互いを認識できたときはうれしいものだ。ただ、消息を知り得た場合のほとんどが悲しみの通知ではあるのだが。
わたしはスカウト報告と前線勤務の請願を録音したテープを容器に入れてエアシューターで秘密時空保安局本部へ送った。この年代になると実に便利なものがあちこちにあって戸惑うがこのエアシューターなるもの、空気圧を利用して張り巡らされたパイプ状の管の中に小さな物を入れて目的地まで届けてくれるすぐれもので大病院や役所の窓口で目にするようになった。もっともこの後の年代に飛ぶともっと驚くようなシステムに変わっていてとてもついていけなかった。
もう仕事としては当面何もすることがない。やっと心を静めて眠りにつくことができる。
「ベッドに移動していいかな。」「もういいだろうよ。」
自問自答しながらベッドに腰掛けると自然と目が部屋の上部に掲げてある゛時空航行手引き細則゛に行った。
*明日するべきことは遡って昨日にしてはいけない。
*過去の成功例をいつまでも引きずるな、同じことは繰り返してはいけない。
*時の破れを繕うごく小さな試みは果てしなく大きな流れの節約となる。
*解決できない時空矛盾の問題も存在する。
*他人の考えに頼らず自ら頭を使い、常に行動に責任を持つこと。
*人類の祖先は神様ではなく我々と同じくただ一介のヒトである。
*忠節心を持ち続けることは大切だか、あのヨブにも誤りはあった。慣れ親しんだ簡単な手順であっても確認は怠らないこと。
ヨブかぁ、無宗教な者にとっては難解な聖書の話だったな。時折孤児院に来てキリスト教の話をして帰るおもしろい牧師さんからこのヨブの話は聞いたが学校の勉強よりむずかしく当時は理解できなかった。秘密時空保安局の訓練所時代には一時間だけ講義があったが
何が正義で悪なのか?決め付けられないこともある。
固定観念にとらわれずに大局を見て行動しろ。
など具体的な行動規範に関連した話として結び付けたものだったので少しはわかったような感じになった。
それにしても今まで何度この細則を読み返したことだろう。まだ右も左もわからない新人の頃は声を出して復唱しずいぶん勇気付けられたものだ。しかし今は・・・ひどく疲れた頭脳には何の効き目もない。実質的に三十年の間を何度も飛び回っていたら誰でも疲れる。ゆっくりと普通に時間を経過して歳をとっていくのではなくごくわずかな時間消費で問題を解決していくのだから生身の体ではもたない。まるで霊魂のみで時空をさまよってきた感がある。
眠るためにベッドから一旦立ち上がって服を脱ぎ裸で再度ベッドに腰を掛け腹をあらためてまじまじと眺める。あの時の手術・・・帝王切開で大きな傷跡が残っていたはずだが今では毛むくじゃらの中をかき分けないとたどり着けない。かつて泥沼の内戦状況に陥った某国に任務で飛んでいった際、険しいジャングルをかき分けて進んだことがあるがまさにその様相を呈している自らの密林に過ぎ去った時間の尊さを感じた。
冬のロッキー山脈は寒さがきつい。さすがに暖房設備は充実しているがいつまでも裸でいるのは辛いので厚手のナイトウエアに着替えて左手の薬指にある指輪に目をやる。ここはもうバーではないのだから外してもよさそうだが実は入浴時もそのままでもう何年も外したことはなかった。しかし、もう外す時期だろう。
自らの尾を呑み込む蛇、始まりも終わりもない完全自己完結・・・輪廻の蛇。
わたしの人生を象徴する指輪だ。わたしは自分がどういう存在のものなのか知っているが、わたしを常に取り巻きうごめいている生霊、死霊どもはいったいどこから来たのか? 生き変わり死に変わりどこまでも追いかけてくるうっとおしい者共よ。
わたしには見える、見え過ぎる。見えない人にはまったく見えないのだろう。同類であるわたしにはよく見える、アル中なのかもしれないが。
なんだか急に頭が痛くなってきた。しかし絶対鎮静剤は飲まない。飲むと後始末が大変なのはわかっているからだ。頭の中がいつの時代にいるのか混乱して収拾がつかなくなる。まだそういう段階なら夢模様として楽しめるかもしれないが最終的には無が訪れなにもかもが消えてしまうのだ。死霊時代には戻りたくない。せめて生霊としてさまよっていたい。
下手に考えても仕方がない、寝ることとしよう。部屋の灯り・・・当然この時代はど田舎でないかぎり電灯になっているがわたしはここへは眠るためにだけ来るので昔ながらのローソクを灯していた。厳密には規定違反だがこの何とも言えない雰囲気が好きなのだ。さぁ、儀式の始まりだ。
「ふーっ。」
この口で吹き消すの仕草が好きなのだ。スイッチを押すだけでは味気ない。
暗闇の中にもう誰もいない。いや、ただ一人いる・・・ジェーンとしてのわたしの霊魂が寂しく漂っている。
「ああ、いとしいジェーンよ。」