第7場 1970年11月7日 アメリカ東部時間(EST Eastern Standad Time GMT-5)23時01分 ニューヨーク市 バー「親父の店」(Pop's Place)

あれこれ時空を飛び回ってきたが結局元の地点に立ち戻ってくる時は原則的に一分後の世
界に舞い戻ってくることになっている。
雇いのバーテンダー助手に不審に思われないように倉庫から五分の一ガロン入り瓶タイプのドランブイ(Drambuie){*モルト・ウィスキーをベースに作られるリキュールの一種で満足すべき飲み物という意味合いを持っている。}を一本持って店に復帰した。
そう、今回の新人スカウトの仕事はこれで終わった。その満足感が膨大な疲れの渦の中で揉まれている。
雇いのバーテンダー助手はまだ例の問題を解決できていなかった。
ジュークボックスがまた゛わたしは自分のおじいちゃん{I'm My Own Grandpa・・・Lonzo & Oscar}゛を鳴らし続けてる。そのジュークボックスにお金を投じた客と雇いのバーテンダー助手は口論している。
 「おいっ、どうにもならないんだったらジュークボックスのコードを抜いちまいなよ。」
わたしは荒っぽい口調でつい怒鳴ってしまった。(悪い癖が出てしまった、注意しなければ。)

疲れているのだ。そりゃそうだろう、現実?はたった一分経過しただけの世界だがわたしは複数の時代空間を飛び回り仕事をしてきたのだ。
秘密時空保安局職員に与えられる仕事は辛いことが多い。重大問題が発生しているからこそ我々の出番なのだ。大変だが誰かがやらなければいけない、だからへこたれてはいられないと奮起してここまで自分の気持ちを維持してきた。

1972年、我々秘密時空保安局は゛歴史的な大失敗゛をしてしまった。それからこの新人スカウトの仕事が急にむずかしくなった。条件に見合う人物に当たりを付けて接触しても怖がられて話をなかなか最後まで聞いてくれなくなった。それでもスカウト作業は続けるしかない。わたしが新人スカウトの仕事を辞退しても結局仲間の誰かが任に当たることになる。秘密事項も多く含まれているので見込みがある人物を慎重に選択して新人として確実に働いてくれるという見込みが立った時点で確信部分を話す。わたしはニューヨークのスラム街の外れにバーを構えて情報を集めてきた。吹き溜まりのような存在のエリアだが意外といい人材が埋もれている。失業率も当然高いので誘いやすい。汚れ切った世界ともいえるがこういう場所から捜すよりいい方法があるだろうか? 貧困に喘ぐ彼らにいい給料を払ってやり、多少危険は伴うもののおもしろい責任感のある仕事を与えてやるのだ。バーテンダーだから聞ける話、話してくれる内容、情報アンテナをフル活動させて長年信念を持って働いてきた。

1963年、我々秘密時空保安局職員は年初からフル回転で働かざるを得ない状況となっていた。大惨事・・・いやいや第三次世界大戦として位置付けしてもいい原子力爆弾が飛び交う地球存亡の危機が突然やってきたのだ。歴史としては実際かなりの数の原子力爆弾が発射されたもののすべて不発に終わり放射能被害はなかったということになった。従来型の兵器による小規模な戦闘はあったもののスイッチに手を掛けてしまったおろかな某国首脳に対しては皮肉を込めて地球外移住優先チケットを首からぶら下げたイラストがニューヨークタイムズ誌に掲載され失笑を買った。すべて秘密時空保安局職員が懸命に仕事をした結果だ。先発で潜入していた秘密時空保安局職員の報告で発射国サイドで番号が各都市向けに割り当てられているのがわかった。わたしはその標的となっている都市の特定作業の任に当たり情報収集に当たった。ニューヨーク向け、モントリオール向け、ダブリン向け、ロンドン向け・・・なんと百発以上あった。発射を止めるために事前に搭載予定の航空機や地上発射台を破壊したり何か工作する方法も最終手段として考えていたが後世への戒めとして発射自体は食い止めずにそれ以前の爆弾製造期間にまで遡って不発に終わるよう細かい工作活動を続けた。我々秘密時空保安局の存在自体は秘密のベールに覆われたままだったがこの重大事件の後は新人スカウトの仕事は大いにはかどった。仕事の核心部分の説明に入った途端相手があの原子力爆弾のときに影で活躍をしたのは我々だと言わずもがな認識してもらってわたしは新人スカウト担当として鼻が高かった。

1972年の゛歴史的な大失敗゛はわたしのせいではない。責任転嫁をするつもりは毛頭ないがわたしだけではなく秘密時空保安局職員全員の責任ではない。我々の手落ちといったレベルではなかった。複数人数でその任に当たりわたしがチームリーダーだったが失敗の根源は命令を下した軍の上層部、ときの政府関係者にある。我々はああゆう結末として処理するしかなかったのだ。
事の発端は1963年に原子力爆弾を発射して物議を起こしたあの某国首脳が再び1972年になってまた何かを企てているというのでまず詳細な情報収集に当たるのが当初の任務だった。この国への直接の潜入は危険極まりないので周辺諸国に飛んで行って多様なコネクションを駆使して真実を探った。有力情報といっても特定の人物による推測が含まれていたり、当該某国による意図的な情報操作目的の故意の漏洩であったりと入手した情報の取捨選択は非常にむずかしい。
時間と手間隙をかけ裏付けも取った殊勲賞ものの情報では特殊メイク技術革新が進んでいて国を率いるトップが常に二人存在しているというのだ。どちらが本物かはわからない。両方共偽者の可能性もある。仮に二人ともこの世から葬ってもすぐに代役が登場して何事もなかったかのように執務するという恐ろしい政治体制なのかと思った瞬間身震いがした。結局周辺の幹部が国を動かしているということなのだろうか? いやいやあの指導者はカリスマ的存在で影武者では到底勤まらないように思えるのだが。別角度の有力情報としては生物兵器の開発がかなり進んでいて実用段階にあるのではないかというものがあり我々を困惑させた。
この情報によるところの生物兵器はどうやらウイルス性のものらしく世界各地で散発的に発生している特定地域由来のウイルス蔓延はこの国によるものなのか自然発生のものなのかうまくカモフラージュされていてここまで実験は成功している、我々の技術力水準は非常に高いと豪語して例のカリスマ指導者は自信満々だというのだ。その生物兵器の本格的使用により捲土重来を図るのが国家的命題なのだろう。
我々の命題はわたしのこれまでの詳細な報告により国を率いるトップ(本物は一人しかいない、偽者は構うなと上官である秘密時空保安局局長は激高していた・・・。)を葬り去ること、生物兵器の使用を阻止することだった。直接暗殺しろというのではなく国内の反対勢力を煽って本物の指導者を倒させろという指示と生物兵器は開発に携わっている研究者にアプローチして良心の呵責に苛まれるよう仕向けて効果が上がらないものと入れ替えさせろという指示で共に成功するかどうか自信が持てない難易度が高いものだった。
現場では何が起こるかわからない。だからこういう状況になったらどうすべきですか?とかなりの数の具体例を挙げて秘密時空保安局局長にお伺いを立てたが満足いく返答は一つも返ってこなかった。このときわたしは中佐になっていた。対して秘密時空保安局局長は少将待遇。こういった修羅場経験は少ない。それでも上官は上官なのであくまでも相手を立てなければならない。ただ、今回は一人で行っている仕事ではないので配下の者に過剰な危険が及ぶのは極力避けなければならない。わたしはこの時点で腹を括った。たとえ降格されようとも、あるいは辛い一年に流刑されたり首になったとしても現場ではわたしの判断で臨機応変に対応しようと・・・。

事態は急速に動いていた。例の件以来一時的に国力がかなり落ち込んでいるのではないかと言われていた某国だが医療関係の研究は他の先進各国と比較してもまったく引けを取らないということが調査の結果浮上してきた。他の分野の遅れから見ると突出しており国策として研究者の育成をしっかり継続してきたことがわかる。軍備状況は他国の監視網が張り巡らされていて丸裸になっている。今回我々が特に注目した点はウイルスに対応するワクチンの製作技術の高さとそのストック量の多さだった。ウイルスのワクチンはすべて正確なウイルス名の書き込みが無く記号で呼ばれていてどういう内容なのかはベールに包まれていた。ただ、その種類の多さと大量のストックは門外漢のわたしから見ても不思議な光景だった。わたしは部下の中で最もこの分野の知識が豊富な名門大学の医学部出身の俊英を呼び寄せて入手した資料の解読に務めさせた。その報告の第一報を聞いて専門外のわたしも青ざめた。とにかく種類が多く未知のものも含まれているようだが、付加されている記号から一番初歩的な゛天然痘゛とみられるものに絞って調査しただけでも某国国民の数に対応できる量のストックがありそれだけでもかなりの脅威でこの国を怒らせてはいけない、戦争にならないようにしなければいけないと震え声で報告してきたのだ。天然痘は紀元前の昔から人類を悩ませてきた疫病だったがワクチンによる対策が進みこの1972年あたりでは発生件数は激減していて一般医療の中では特に怖いものではなくなっていた。逆にその影響で免疫力を持った人間の存在が激減していて初歩的な細菌テロを行うのには最も適した影の原子爆弾とも呼べるこの゛天然痘゛のワクチン備蓄量こそが総合的な経済力や軍事力より国力を表すのだという極論も侮れないと力説されてわたしも変に納得してしまった。他のワクチンのことを加味して考えるとどれだけこの国は力があるのか? 生物兵器戦争合戦になっても自国民すべてを守りきれるだけの力を持ってからおもむろに戦いを仕掛ける・・・今がそのときなのか?
わたしは判断に迷い、秘密時空保安局局長に状況報告して指示を仰いだ。局長一人で対処、判断できるレベルではないことはわかりきっていた。しばらくしてから局長からわたしの昇格人事(大佐に昇格)とこの件に関して現場で全権を持ち問題解決に当たれという指示を受けた。某国の指導者の暗殺は可能であれば・・・というレベルに落ちたが生物兵器戦争は絶対に防ぐようにとの厳命だ。言われるまでもなく指導者の暗殺工作は既に中止していた。常に観察はしているが何人も部下を失ってダミーを潰しにいっても仕方がないし、間違って当の本人をあの世に送ってしまったら某国の暴走は誰にも止められないものになってしまう。生物兵器の研究者を葬り去ることも考えたが大人数でありまた、既にある程度方程式のように技術が確立されていて小手先の対策では駄目なのでとにかく見守るしかなかった。こんな時に大佐に昇進なんて! 二等兵からのスタートだった一般兵にとって大佐という位は憧れの対象であったしまさか自分がその地位に到達するとは思ってもいなかった。優秀な幹部候補生諸君はいきなり少尉からスタートなので実戦現場では配下の経験豊富な軍曹にからかわれながら順調に昇進コースに乗った超エリートはあっという間に大佐にまで昇格してしまうのでけしてゴール地点ではなかった。ここから上のポジションである少将以上は誰でもなれるというものではなく功績はもちろんのこと空席がないといつまで経っても大佐止まりなので運も味方に付けないと後から昇格してきた若い連中から万年大佐と影で呼ばれて肩身の狭い思いをするのだ。わたしのこのタイミングでの大佐昇格は作戦がうまくいかなかった場合に全責任を負わせるという意味合いを持っているということは明白だった。わたしは身内が一人もいないので詰め腹を切らされようが流刑に処されようがかまわなかったが配下の者を守る義務がある。第二次世界大戦当事のどこかの国の自爆テロ並みの特攻指示はとても出せなかった。
この時点で実はこの某国により生物兵器が小規模ながらアフリカの小国にばらまかれているということを把握していた。本来はシャットアウトすべき性格ものだったがわたしは作戦としてわざと放置した。本格的に生物兵器戦争を始めたというよりあくまでもデータ採取優先の実験とみたからだ。そのアフリカの小国の衛生状況と地域に根付く土葬習慣を考慮に入れての決行は世間一般的には風土由来の疫病の発生としか認識されなかったが我々は詳細な報告書を付けて某国による人工的なものだということを訴えかけた。その報告書の締めくくりにわたしは某国へのスタンスについて゛これまでの経済制裁とかの対決姿勢ではなく、より平和的に歩み寄った融和政策に転換するべきだ。゛ということを書き記した。ここで軍の上層部や政府要人の批判をするわけでないが、今成すべき最重要なことは軍備の増強ではなく各種ウイルスの研究部門の人的質的増強をしてワクチン作製の技術向上、そしてそのワクチンの大量備蓄が急務であると持論を展開した。少なくとも某国と肩を並べる水準まで達しないと大変な事態を招く、いや既に大変な状況に陥っているとまで言い切った。これはわたしの事実上の辞職願だった。
まもなくわたしはこの作戦の指揮から外された。配下のものも全員一旦特別休暇が与えられ我々の戦いは終わった。秘密時空保安局局長はわたしの同僚の何人かに声掛けしてこの作戦の継続を図ったが全員が荷が勝ち過ぎているとして引き受けを拒んだ。

わたしは大佐の資格のまま新人のスカウト業務のみに専念することになった。それまではスカウト業務をしながら前線業務をも引き受けたりと大忙しだったのでこの寛大な処置にとりあえず感謝した。

いろいろともたついている間にも各種生物兵器戦がゲリラ的に展開されていた。予想通り天然痘が世界各地で流行し始めた。ほぼ完全に撲滅状態にあっただけに各国のワクチン備蓄数がそれぞれの国の命運を握っていた。世界中のどの国も・・・例のあの国を除いてほんのわずかな数しかワクチンを保持しておらず国家の要人以外には種痘接種がされることはなく一般市民は無防備状態で運がいい人間だけが生き延びる悲惨な時代へ突入していった。更に最先端の研究を行っている科学者すら名前を知らない人工的に作られたものとみられる数種類のウイルスによって世界中が混乱に陥った。
いきなり人口が激減したので経済の仕組みそのものが回転しなくなり、アメリカ合衆国においては非常事態宣言が出され民間会社はすべて一時国有会社として国の管理下に置かれることとなり、農作物から工業製品など多岐にわたって何をどのくらい生産しろだとか人員配置への口出しとか細かな点まで統制の名の下に強権的に行なわれた。1974年に入ると働ける者はすべて働くようにと強制労働法が成立し、きつい食糧配給制度と相まって後に厳冬の時代と呼ばれた過酷な国家再建のいばらの道を歩むことになった。
アフリカやアジアの一部の小国では中央政府が機能しなくなり国家としての体裁を保てなくなった地域が続出した。

この1972年の゛歴史的大失敗゛はそのそも解くべきパラドックスが無かったのか、とても解けるレベルのものでなかったのか、とにかく巨大すぎて立ち向かえる問題ではないものに無理やり飛び込んでいってしまって多少なりともいい方向へ導くチャンスを逸したものだったのか、今考えてみてもよくわからない。いずれにせよ当初から平和裏に事が進むようにすべきであった。あの1963年の華々しく活動して強引に解決した爽快なゲームのクリア感覚の記憶があだとなり我々は失敗し、歴史に汚点を残してしまった。元々秘密時空保安局の存在意義は歴史の汚点を少しでも消し去ることにあるのに・・・である。
1972年の゛歴史的大失敗゛並みの醜態を今後晒さないようにそれから秘密時空保安局職員全員に局長名で通達があった。今現在1992年で執務している局長からの司令なので「1992年通達」と呼ばれるものだが他の年次のものより最優先される。その事自体がこの通達書に書かれていた。我々秘密時空保安局職員はさまざまな年代に飛んで仕事をしているが、局長から直接口頭で司令を受けたり、指示書や通達書によって業務内容の確認をしている。問題なのは我々自身も一つの年代にとどまらないで複数の年代にたびたび飛んで仕事をしている場合、いろいろな年次の指令書や通達、命令を受けてしまうケースがある。相反する指示に困惑してしまうこともある。そういう場合に何が優先するのかこの際「1992年通達」ではっきりさせておこうというのだ。
迷った時は原点に立ち戻って冷静に考えて行動すること、複雑に絡み合って解けないパラドックスには無理をせずに一人で解決しようとしないこと、必ずしも年代が新しい指令が最優先するわけではなく、そもそも今自分が何を成すべきかよく考えて行動すること、誤って目的地ではない違う年代に飛んでいってしまった場合は直ちに帰還すること、そして(この項目が1992年通達のキーポイントとなるもので)たとえ上官の命令であっても殺人はしないこと、今回の通達は他の年度のものより最上位のものでありいかなる命令系統の指示より優先されるものである。
今まで何度も上官から殺人司令が出されてきたがわたしはできるだけ回避してきた。たとえこれから大事件を起こす人間であっても殺してしまうという最終手段を用いずとも更に少し時間を遡ってその後進んでいく道の選択肢を少し変化させることによって未然に防ぐこともできる。絶対的権力者の暗殺司令、これが今まで我々を悩ませてきたものだったがこの「1992年通達」により無視できるようになったのでこれまでのように胃薬を多用することも少なくなるだろう。我々は暗殺者ではないのだ。いろいろな意味で1972年の゛歴史的大失敗゛はいい教訓になったというわけだがそれにしてもその代償は大きかった。
1992年は我々が時空を飛ぶ時にお世話になっている航時空軸飛翔推進変容機の携帯用セットが改良が一段落して実用化された年である。現在は[1992年型モデルパート2]というものに進化したものを使用しているが少し前までは初期バージョンの[1992年型モデルパート1]にお世話になっていた。愛着があったが順次パート2に切り替わっていった。パート1とパート2の大きな違い・・・パート1には実は大きな欠陥が見つかっていて改良が急務だったのだ。
「1992年通達」の中に゛誤って目的地ではない違う年代に飛んでいってしまった場合は直ちに帰還すること゛という文言があるが時代や緯度・経度設定がダイヤル式だったパート1は時折正しく設定したにもかかわらずとんでもない時代に飛んでいってしまうことがあった。そう、どこぞの軍曹殿はパート1で予定外の紀元前まで飛ばされてすぐに戻らず降格されられたという話を直々に伺ったがわたしはそういう経験は皆無でもちろん紀元前とか原始時代には行ったことがない。
パート1の誤作動の原因はダイヤルを回して機械内部に情報を伝達する際、磨耗とか引っかかりなどで歯車の噛み合わせに狂いが生じたためでパート2では更に進歩した電子制御システムを導入してダイヤル式を廃してキーボード入力に変えたのだった。機械内部の回路もたぶんいじってあるはずだ。
1992年という年代は世界情勢も穏やかで経済状態もようやく上向き回復基調に乗ってきた秘密時空保安局局長のお気に入りの時空で最近はずっとここに居座っている。たぶん更に改良版のパート3の開発を技術者に急がせているのだろう。わたしもこの年代が好きだが、ロッキー山脈地下基地内の居住区に寝に帰る年代は1993年と決めてある。プライベートは心身をじっくり休めたい。不意に局長に会ってしまうのは嫌なのだ。

今日は本当に疲れた。雇いのバーテンダー助手と例のジュークボックスの客との騒動はわたしがちょっとうつらうつらしている間に収まったらしい。店の閉店時間は24時ちょうどだが客はもういないので五分ほど早く閉めることにした。あの客に引っかかれたのだろうか?頬に傷がある雇いのバーテンダー助手にいろいろ言い含めて掃除は今日はしなくていいからと特別ボーナスとして百ドル紙幣を一枚渡して少し早く帰宅させた。
実はわたしはある決断をしていた。明日からもうこの店にわたしは顔を出さない。一週間前から昼間を任せている雇いの支配人にそろそろわたしは引退するからこの店の経営を引き継いでくれないかという話を持ちかけてあったのだ。長年真面目に務めてくれてありがとう、常連客の評判もいいし格安でこの店の権利を譲るから是非新オーナーとしてこれからやっていってくれないか! そう言うと゛少し考えさせてください。゛というこれまた生真面目な彼らしい返事だったので答えを待っていた。
事ここに至ってはその答えは必要ない。レジスターの中に手紙を残していくから後はよろしく頼む。(秘密時空保安局お抱えの)顧問弁護士の電話番号を書いておいたから連絡を取ればすべて面倒見てくれるはずだ、話は通してある。せっかく繁盛している店だ、君の手腕で更に盛り立てていってほしい。
秘密時空保安局が彼からの店の権利の譲渡代金を受け取っても受け取らなくてもそんなことはもうどうでもいい。元々わたしの新人スカウトの活動拠点として秘密時空保安局から支給される百ドル紙幣の束で買ったものだ。愛着はあるがもうここいらが潮時だろう、さらばだ。
慣れ親しんだ店との別れも辛いが私物と共に店の奥の例の部屋から1993年へ飛んだ。