わたくしほろよいはトルコの人たちと文化、トルコ語が大好きです。
まずは言葉から入りトルコ自体を好きになった私ですが、馴れ初めをひとつ。

そも先ずは大学入学の話から。

自分の属している早稲田大学の教育学部は、他の学部と違って専修が9つくらいに分かれています。
他の学部では、たとえば政治経済学部なら国際政治経済学科となんたら学科(なんたらの人に見られたら怒られそう)文学部なら文学科のみ、商学部にいたっては学科もなく商学部で終わり。
それで、自分の所属の正式名称ですが、教育学部教育学科生涯教育学専修といいます。

教育学部には地理歴史専修という専修もあり、高校の頃世界史の好きだった自分は大学でも歴史を学びたく、地歴専修を志願しますが、願書のマークシートでミスったか、受験票に生涯教育学専修と書かれていました。やっちまった。
専修がたくさんあるのですもの、これは仕方のないことで、受かったし同じ早稲田の教育学部だからと進学します。

しかしどうしても歴史を学びたかった自分、地歴専修の授業にもぐりこむことを決心します。
塩野七生さんによって美しく描かれる(基本的に)敵役、オスマン帝国が大好きだったわたしはそこで、オスマン史を専門にすすめますという授業を見つけ、これ幸いともぐりました。
まだ一年生でマジメだった自分、あとからバレて怒られるのはイヤだったのであらかじめ先生にもぐることを断って、お願いしますとまで挨拶をします。

そこで始まった授業、先生の挨拶はこうだ。
皆さん、はじめまして。これから皆さんにはトルコ語を勉強してもらいます。

どうやら、歴史を学ぶにはまず一次資料が読めないと、ということらしい。
でも先生待ってください、オスマン語とトルコ語はまた微妙に違うのではないですか?
少なくとも一次資料を読み解くという意図からすれば違う言語ですよね。
自分はもちろん、正規の学生たちの目にも動揺の色が浮かびます。
それもそのはず一年生の必修の授業、彼らは大学に入って数日目にして自分で選んだわけでもない授業で聞いたこともない言語を、しかもたったの半期で学ばされるわけなのだから。

わたしもオスマン史を学ぶつもりでしたのでかなり面食らってしまいましたが、お願いしますとまで言ってしまった手前サボるわけにも行かず、まじめに勉強したところたっぷりはまってどっぷりつかってしまいました。


これが、わたしとトルコ語との出会いです。
それ以降4年以上トルコ語を学び続け、二年のときには慶応大学までもぐりにいき、三年の時には新宿のトルコ文化センターでダブルスクールをし、というようなことをしておりました。

熱しやすく冷めやすい自分がここまではまれるものがみつかるとは、これからも精進してまいります。


このブログのもともとの目的である語学学習、自分で書いた文章を間違っててもいいからトルコ語にしてみてさらしてみる、まだ第一歩も踏み出せてませんが、がんばっていく所存です。
トルコ西部のsomaというところで、炭鉱爆発がおこったとききました。
死者、負傷者多数、まだ救出されていない人も多いと聞きます。
遠国でぬくぬくした生活を送っている人間が言うことではないかもしれませんが、早い救出を祈ります。


今日は朝スーパーマーケットで働き、昼に授業を受け、夕方から不動産事務所で働いた。
最近はこういう一日が多い。
ただ、メインのバイトであったスーパーがシフトが減らされてしまったので、どうにか新しいバイトを探さないといけない。
一応あてはあるので、明日あたり電話してみようと思う。

今日の勉強はウルドゥー語。
疑問詞を勉強したけれど、ウルドゥー語はどうしても発音が難しい。難しすぎる。

晩酌は、具沢山カレーとBlue Moon。
結構贅沢なごはんである。

Merhaba
早稲田大学の5年生です。
語学が好きで、現在トルコ語、ペルシア語、ウルドゥー語、アゼルバイジャン語、アラビア語、中国語(漢語)、ドイツ語、英語、手話を勉強しています。
何か一つでも並に話せるというわけでもなく、節操がないだけな感じもしますし実際にそうだとも思います。
何も身についていないじゃないか、そもそも修めたところで何の役に立つのか、など言われますが、とにかく好きなので勉強しています。

久しぶりにLang-8を使って勉強をしようと思ったのですが、添削をしてもらう文章の基文(日本語)を日記のものを利用しようと考えたのですが、どうせ色々な人に見られるのであればブログとしてまとめようと考え、ブログをはじめました。