ブログが空いていた期間のことを少しずつ書いていきたいんですが、
この夏の終わりに祖父が亡くなりました。
私の正直な一番の気持ちとしては、あぁ・・・終わったんだなぁというものでした。
と言うのも祖父は104歳だったので…
母が解放されるな…と思ってしまいました。
もちろん母はもっと長生きして欲しいと思っていたはずだけど、
自分のキャパ以上に、「尽くさないといけない」と思って行動していたように感じます。
私もそんな母を楽させたく大学~子供を産むまで、月に一回は祖父母の家に泊まって家事や洗髪して十分やり切ったなとも思います。
釣りが趣味な祖父の為に、夫にも95歳くらいで釣りに一緒に付き合ってもらいました。
99歳からは祖母と共に老人ホームへ入居したので、安心だしお任せしているんですが、
コロナで面談が出来なかったり先に亡くなった祖母の葬儀にも祖父は出席出来ず、
5年間ホームの外へ出られないままだったのはどうしようもないけど、心残りではあります。
ホームで集団感染したら大変だからどうしようもない。
どうしようもないけど、戦争も経験し大正、昭和、平成、令和と生き抜いてきて最期が外に出れなかったのか…と。
葬儀で祖父の経歴を改めて聞いたんですが、成蹊育ち名古屋大学卒業後、三菱重工で定年まで働き野村電機で再雇用。
あまりに眩しくて、なんだか私これでいいのか?派遣社員の孫をどう思ってたのかな、と考えてしまいました。
まぁ祖父の時代は女性は家庭に…だったので雇用形態はなんとも思ってない気もしますが…。
私もなにがしかの人間になりたいな…と思いました。
葬儀の時に派遣社員として様々な会社で働き~なんて言われたくない…。
とにかく祖父にはゆっくり休んでほしいです。お疲れ様でしたという気持ちです。
祖父の母は103歳、姉は105歳とかなり長寿です。