感情を揺らされるコトを
避けなくなったせいか
……むしろ
チャンス(豊か)と
思うようになったせいか
今まで
無意識に避けていたモノが
とあるタイミングで出て来た。
ブログセラピー。
自分のために書いておこう。
ーーーーー
子供の頃の思い出で
何度、思い出しても
涙が出てしまうコトがある
文字で書くと
多分
たいしたことじゃない。
それは
小学校低学年くらい。
6-7歳頃だったと思う。
母の実家で、人寄せがあった。
正月だったか、盆だったか
他の何かの行事だったのかは、
わからないけれども
当時は
親戚中が集まる機会が、結構あった。
女は台所で用意して
男は酒を飲むそんなカンジね。
うちの父は
普段お酒を飲まない。
そういう時にたまに
付き合いで飲んでは
寝てしまう。
その日も
父は飲みつけない酒を飲んで
酔って寝ていたんだ。
食後のお茶で
みかんがあった。
みかんがあったって事は冬か。
寝ている父のために
私は
父の分のみかんをとっておいた。
サインペンで皮に
「お父さんの」と書いて取っておいた。
しばらくしても
父が起きないから
私は
「ねぇねぇお父さん
お父さんのみかんとっといたよ」
と言って
父を揺さぶり起こした。
私は
父が喜んでくれるものだと思って
疑いもしなかった。
父が大好きだったから
そして父は
いつもすごく楽しくて
優しい人だったから。
だけど、その時
父は
いきなり私を振り払い
そして
「うるさい!」と怒鳴った。
私はあまりのショックで
一瞬息を飲んで
その後大泣きした。
普段
声を荒らげるような事のない父が
豹変した。
その後
目が覚めて事情がわかった父が
謝ってくれたけれども
私はその時の
怖くて、切なくて、惨めだった気持ちを
忘れられなかった。
これを書いてる今も
涙が出る。
大好き
大好き
子供の駆け引きのない
その純粋な愛を出したときに
喜ばれると信じて出したときに
今まで体験をしたことのないような恐怖で
拒絶された。
実際それは
そばにいた母も
すぐ忘れてしまうくらい
些細な出来事だったんだろう。
でも
小さな私にとっては
純粋に最大級に出した愛が
猛烈に拒絶された
体験だった。
なにしろ40年経って
まだこんなに
泣けるぐらいだからね。
その時の自分が
切なすぎて
涙が出てしまう。
私の気持ちは
私の思いは
伝わらない。
私はその時から
愛を出すのが
恐怖になってしまった。
大好きだったからこそ
拒絶されるのが
怖くなってしまった。
それから私は
父とどう付き合っていいのか
よくわからなかった。
高校時代なんて
本当に気まずかった。
いつも気を遣ってくる父。
いい人なんだけど
幸せなのかなぁ
っていつも思ってた。
大切にされてるとは
思っているけれども
本音で話せた事はない。
さらに。
父は、争いや
ネガティブな話題が
人一倍苦手だから
家族に問題が起こっても
少しでもその話をしようとすると
話を逸らすタイプ。
私以上に
メンタルが繊細なタイプだと思う。
そして、お互いに
微妙な距離感のまま
私は、それをこじらせたまま
この年になった。
ーーーーーーー
父と言うのは
人生で出会う
1番最初の異性だ。
そこをこじらせすぎて
私は男性と本音で
付き合うことができなかった
………ということか。
と今は思う。
そして
父の目を気にしていた。
自由でいるつもりで
父に認められたいと思っていた。
基本
父は干渉するタイプではない。
私のやることに対して
反対されたこともない。
でも
父に心配をかけたくない。
父の理解できることをしたい。
傷つけたくない。
そんな枠が
私の中にあったことに
最近、気がついた。
金髪にした時も
一番、気になったのは父の目だ。
「金色は運がいい」
そう言って受け入れてくれたんだか
受け入れてくれてないんだか
よくわからないけど
特に何も言われず。
だから
私は
実際の父ではなく
私の中の父に
認めて欲しかっただけだ。
あの、子供の頃の
みかん渡した時の父に
「ありがとう。よしよし」
ってして欲しかった。
その時の父に
私の純粋な愛を
受け取って欲しかった。
その時の自分が
惨めで、寂しすぎて
切なすぎて
父に認められるまで
頑張らなきゃってなってた。
いや、むしろ
認めてくれなかった父を
忘れるもんか!
なにくそ!って気持ちも
あったかもしれない。
それをずっと
40年以上引きずってしまった。
あの一回きりのことで
私は父に
ずっと認められてないんだと思っていた。
実は反対されたことなんて
一回もないのにね。
そして
無意識に知らないところで
父に認められるように
行動していたんだ。
やってる事は、
認められるようなことではなく
むしろ逆のことで
これしても大丈夫?
それでも?
と、境界性人格障害みたいに
愛の許容さえ
試していたのかもしれない。
どちらにしろ
無意識に
父という枠にフォーカスして
それを基準に行動していた。
例えば
苦労して私たちを育ててくれた
父より稼いではいけないとか。
軽々と私が稼いでしまったりしたら
苦労した父に申し訳ないって。
そんなこと
意識的には思ったことないけどね。
そう思うと
思い当たることがたくさんある。
私は男の人と
深く付き合えなかったのは
間違いなく父との関係だろう。
大好きな人に近づいていったら
痛い目に合う。
それが怖すぎて。
大好きな人には近づけなかった。
また。
父は、人一倍働き者で
自己犠牲も厭わない人。
人に迷惑をかけないように
いつも気にしている。
これ、少し前の私。
私は、父にそっくりだった。
だけど、その時の私は
不自由で
人の幸せが喜べない人だった。
誰に対しても怒らないけれど
いつも何処かで不満を抱えている。
そんな感じだった。
ーーーーー
これに気付いて
私の中にイライラが生まれた。
目上の
または、自分によくしてくれる
男性に妙に謙るクセ。
今思うと
理不尽なしょうもないことも
怒りを覚えないまま
そういうもんだろうと
流してきたこと。
全部、全部。
私が私に蓋をして
特に、怒りに蓋をして
感じまいと避けていたから
違和感さえ感じなかったんだ。
だって
大好きな
優しい父を見本にしてた。
争いたくなかった。
でも
今思うよ。
それって
本当には優しくない。
表面上の良い関係なんて
それは幸せじゃない。
喧嘩しても
本音言い合って
心から寛いで
その人といられたら
なんで幸せなんだろう。
これはもう
実際の父との関わりではなくて
私の中の父との関わり。
今、父の土地を譲り受け
私の家を建てることになって
父との関わりが増えてきている。
このタイミングで
この気づきは
くるべくしてきた
大きなものだ。
思えば
先週の数秘セッションで
クライアントさんが、癒されたもの
父との関係だった。
なんだ。
あれも
私のことだったのか。
今だから出てきたコト。
本当、強くそう感じる。
みかんの記憶は
過去に何度も思い出しては
その度に泣いていたんだけど
いったい、だから
どうしたら良いのかわからなかった。
今、繋がる。
こんなにも
私にとって
父が大きな存在だったことを
まず、認識すること。
そして
それを
軽々超えていく自分に
許可を出すこと。
うん。
お父さん、大好き。
今度、会ったら
そう言おう✨
ーーーーーー
キエコ
2020年9月1日
9月生まれ。私。主役の月✨
