自分を【女性】として愛するコト② | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ

本日は射手座の満月✨

さて、あまりまとまりのないまま書く

自分を【女性】として愛するコト①

前回のつづきです。




私がようやく
自分が

子供を持つ/持たない

を自分ゴトとして考え始めたのは
昨年11月のこと。


45歳。


それは、始まって30年以上
毎月、正確にきていた生理が
初めて不順になり
10日以上続いた時からだった。

人生初の生理不順。


子宮と【母にならない】人生


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以前は、生理なんて
なんてめんどくさいモノ!
と、毛嫌いさえしてたもの。

汚すし
体調は悪くなるし
女ばかり損て、ホント思ってた。




でも。

恋愛から
女であることを受け入れて。

それから、ここ数年は
布ナプキンを使うようになったり
子宮を意識するようなコトが
以前より多くなった。





以前から

きっと子供を持つことは
ないんだろうな……と
漠然と思っていたけれども

それは
「持ちたくない」というよりは
自分には無理だろうな……という
漠然とした「諦め」だった。






ある時。
その勝手な諦めを自分で気付き
「自分が子供を持ってもいい」と
許可した瞬間があった。

正直

この歳で?
今、現実に子供を作れる相手もいないのに?

「恥ずかしい」
「ありえない」

それでも自分を許可した日があった。
それは昨年の6月。


一番の【ありえない】を許可した日


本当は
出産という経験をしてみたかった。 

自分の体の中で
命が育っていくという
その体験をしてみたかった。

 「子育て」は、いまだに
したいのかどうかわからないけど。
きっとそれ、は私を育てていた母が大変そうだったから。


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昨年11月の
人生初の生理不順。

あれからずっと生理不順。
多くて長い。

後鼻漏の原因になるくらいの貧血。

原因は
子宮筋腫だろうと思う。

子宮筋腫が二つ。
あるコトは
3年前に初めて婦人科に行った時にわかった。
昨年、順調に育っているのも聞かされた真顔

母も、今の私くらいの年齢で
子宮ごと子宮筋腫を摘出してた。


にもかかわらず。

なぜか
子宮筋腫のことは
あまり真剣に考えたことがなかった。

なぜか。
なぜだろう〜?


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先日、歩けなくなるほど
膝が痛くなっとき

体からのメッセージを受け取って
大きな気づきがあったので

今回、月を重ねるごとに重くなり
主張してくる「生理」の原因
「子宮筋腫」を調べてみることにした。



いつも辞書のように牽く
《リズ・ブルボー著「自分を愛して」》より


「子宮繊維腫」

●感情的なレベル
繊維腫は、ある意味では、心理的な胎児であると考えられます。
からだにとっては不要なあらゆる組織の形成は、
当人が、長いあいだ、悲しみを「反芻」していることと直接関係があります。
したがってその女性が子どもを失った後で、ほどんどの場合は無意識のうちに、
その悲しみをなんども反芻したと言うことを意味しているのです。(中略)
また、子どもが欲しくてたまらないのに、
男性と性的にかかわることができない女性も
繊維腫という心理的胎児を作ることがあります。

●精神的なレベル
(中略)
(失った子どもに対する)悲しみをずっと持ち続けているから
自分は良い人間なのだ、という思い込みをあなたは手放さなければなりません。
悲しみを手放したから冷たい人間である、というわけでないのです。
あなたが、もし、一度も子どもを持ったことのない人だとしたら
そういう選択をした自分を許すことが大切です。
女性は子どもを持って初めて本当の女性になる、という思い込みを手放さなければなりません。
どんな女性でも、子どもを一人も持たない人生を、一度は過ごす必要があります。
というのも、母親ではない自分を、女性として愛することができる必要があるからです。
(後略)


ここで
子どもを持ったことのない私は

『母親ではない自分を
女性として愛することができる必要がある』

視点を受け取った。



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一方。

「子どもを失くした悲しみ」

に関しては
私には関係ない……と
思うこともできたけれども

母が、子宮筋腫だったのは?
と考えるのと同時に



不思議なことに。

この数日前
子どもを亡くしたことのある
女性から子育ての相談を受けていた。


亡くした子を
その後に生まれた子に重ねて
心配してしまう。それが苦しい……と。


子どもをもった経験さえない私が
子育ての、さらには
子どもを亡くした母に対して
なんの相談にのれるものか

……と以前だったら思っていた
ところだけれど。

そこはもう
「事象」はダミーでしかないのは
わかっているので
問題ないのだけど。




なぜ、この「事象」の相談を
今のタイミングで受けるのか。



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さらに。

ロンドン留学で一緒だった友人と
4年ぶりにたまたま連絡を取ったら
GWに急に会うことになった。

その友人は、臨月で出産間近。
一回、流産し
そこから自分の人生が変わったと
そう話してくれた。

彼女は、イベント会社で
男性顔負けに働いていた女性だった。

流産をきっかけに
私のしたかったことは
仕事じゃなく
人と丁寧に関わることだと気がついたこと。

流産をして、その後体力が回復せず
なかなか次の子が授からなかったこと。

「きっと、流産の子は
″体を整えて″って言いに来のかもしれないね」


スピリチュアルでも
ココロの勉強をしてる友人でもないけれど
ちゃんと、体からのメッセージを受け取っている。


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こう思うと
今年に入ってから
そういうことばかりだ。


数秘セッション
友人からの相談

みんな
「女性性」の話。



女社長。
男性社会で紅一点で働く女性。



現象は違えど、皆

女性である自分を
「超肯定」
したくて
したくて

でもできなくて。


男性社会で
「女だから」と、言われたくない。
バカにされたくない。

だから、人一倍頑張る。



そこには、明らかな前提として

男性より劣っている女性

というのがあるのだ。




すごく根強くあるのだ。



私の「男女の(社会的)違い」への
こだわりは、まさにこれで。

反発すればするほど
その思いは強化されていく。




つづく。