GW前半と後半
同じジャンルの
別のセミナーに参加したのだけど
両方とも会場が「新宿西口」だった。
会場に向かう道すがら
20代後半の頃通っていた英会話教室
を見かけた。
当時、私は思いがけずお金が稼げていたので
100万円突っ込んで英会話教室に申し込んだ。
当時は、諸々の英会話が流行りだったし
書店でもしょっちゅう勧誘された。
英語喋れたらいいな〜と思ったし
なにより
学生時代英語ができなかった
コンプレックスがあった。
そう。
私は小学生のころから
比較的勉強が好きだったけど
中学から
「英語」が入った途端に
英語でつまづいてしまった。
先生が好きじゃなかったのも
あるかもしれない。
でも、そもそも英語が
何のために必要なのか。
日本語で自分のことを
喋ることさえ不得意な私が
英語を学ぶ意味が
よくわからなかった。
あと
当時、テレビも見ず
流行に疎かった私は
英語なんてコジャレタものを使うことに
抵抗もあったりした。
そんなわけで、英語を学ぼうとしないまま
なんとか中学三年間をやりすごし
(単語を覚えないとできないってことに気づいたのが中3のときだったよ)
(当然テストも他の教科とのギャップがすごかった)
高校はついうっかり
進学校に進んでしまい
そこで、英語で致命的に
劣等生となり。
学年最低点の常習犯となり
英語の授業から逃げまくって。
美大の受験も
普通は国語と英語で受けるところを
国語と美術史(付け焼刃)で
受けてみたりとか。
大学でももちろん
外国語はボロボロ。
とにかく、学生時代は
英語から逃げまくった。
そして、20代後半。
私は
冗談じゃなく
「This is a pen」から
英語を習い始めた。
その時、私が
英会話教室に通い始めた理由として
書いていたのが
(当時、webで日記書いていたのね)
「私の挫折は、英語から始まった
それを克服するために」
だった。
そう。
明らかに
不足をを
埋めるために始めたコト
だった。
100万円つっこんだ
英会話期間が終わって。
英語が嫌いではなくなったものの
もちろん
喋れるようになるわけでもなく。
会話自体に苦手意識のある私が
込み入ったコトを
喋れるわけもない英会話で
自分の本心を喋れるわけもなく
わかる単語だけで綴れる
心にもない
時には事実と異なる
ズレまくった
嘘の
自己紹介を
何度もしたり。
当時は
そんなものだと思っていたけど
今思えば
まあ、苦痛だった〜〜
(今頃気づいたわ;)
そんなわけで
英会話教室期間が終わると
英語とは無縁の生活に戻り……。
100万円無駄にしたね〜って
思いながら
ネットサーフィンをしていて
見つけたのが
「美術英語」
夜クラス。
美術英語ってなんだ?
と興味半分で
行ってみると。
それは今までの私の常識を
覆すようなクラスだった。
そこで、私は
「英語」ではなく
「美術」を通して
自分と向き合うというコトに出会った。
美大時代には学べなかった
「コンセプト」「自分」と
向き合うことになった。
3ヶ月の夜のクラスが終わっても
その空気に触れていたくて
春から、昼間のクラスに入学。
昼間クラスは
海外留学の準備カリキュラム。
入った当時は
留学なんてする気もない。
ただ、その学校に
通いたかっただけ。
30歳超えの生徒なんて
私くらい。
高校卒業したての18歳と
大学卒業したての22歳と
机を並べて。
今までにないくらい
語り合った。
どのくらい泣いたかしれない。
そしてそのまま。
なんの強い意志もないまま
ロンドンに留学することになった。
ロンドンにも特に興味はなく。
たまたまその学校が
提携してる大学が
ロンドンに多かったからで。
その中で
イラストレーション学科が
あるところを選んだ。
まあ
ロンドンでは
喋らなかったよね。
英語。
Please.
Thank you.
Pleasure.
Yes.
No.
I’m not sure.
これくらいで過ごしてた。
そもそも、日本で
日本語でも
おしゃべりじゃない人間が
英語で喋るわけもない。
キッチンは共同だから
なるべく誰にも合わないように
夜中とかに行くしね。
どんだけだ……。
まあ、そんなロンドン留学1年半。
英語コンプレックスは
なくならなかったけど
よくわからない
海外コンプレックスがなくなった。
日本に帰ってきて
日本の窮屈さも感じたけど
同時に、日本ていい国じゃん。
って、思うようになった。
海外で生活した体験は
私の世界を大きく広げた。
日本以外の多様性を知ったこと。
当時のロンドンでも
イギリス人が40%しかいなかった。
他は外国人だ。
その多様性。
それは
「違い」を受け入れるという
今の私のベースになっている。
そして
ロンドンでアートに触れたこと。
経験して思うのは
不足から始めた「英会話」
それ自体が、本当の目的ではなく
多分「英会話」だけだったら
今、なにも続いていなかったと思う。
それが
自分の「ある」とコラボして
初めて大きく膨らんだ。
拡大した。
私の場合は「美術・アート」
「英会話」ではなく
「美術英語」に
出会ったことが大きかった。
同じ「英語」というツールでも
エネルギーが
全く違っていたということが
今ならわかる。
自分の
「不足」を埋めるためではなく
「ある」を拡大すること。
そして、これを書きながら
このGWに受けたセミナーの意味も
自分の中でわかってきた。
それもズバリ
不足から受けたものだったからだ
(長いわ

