普段、絵を描いてそれをSNSに載せたりなんかしている。


すげえと思わせてやるって気持ちはあるし、

もちろんたくさんの人に認められたら嬉しい。


だけれど、

評価されたりいいねやフォロワーが増えることだけに注力するのも違うのかもしれないと思う。


技術なんてないしただこう描きたいと思っているものを描いてるだけの自己表現だから、

自分が描いていて、作っていて、

楽しいと思えることがいちばん大事。


誰かに届くのはその次でいいんじゃないかって。


そこの順番をみまちがえると、

描くのはとたんに楽しくなくなる。


評価されるために描くんじゃなくて、

自分が楽しいから描く。

それを見た人も楽しくなる。


その循環が芸術なんだと思う。


だから最近は、

誰もがSNSを使う時代だからこそ、

もっとアナログに、

地味なところから発信して活動していくことにも意味があるんじゃないかと思う。


アートに対して、“高い”とか、

“こんなものを買う人の気持ちがわからない”とか、

そういうことを言う人がたまにいる。

それをみるたびに聞くたびにわたしは悲しい。


高いのは、その人の命の時間を削って描かれたこの世でただひとつの作品なのだから当たり前だし、

それをいいと思った人がこの絵をそばに置きたいと思うのも、当たり前のことなんじゃないかな。


あと

“これは一見よくわからないけど、見る人が見るとすごい絵なんだ”とか言うよね。

あれもよくわかんない。


わたしには技術とかなくて感覚しかないから

ただ見て、癒されるなとか面白いとかかわいいとかかっこいいとか、

そういう何かを感じ取ってもらえたら、それでいいと思う。

アートの本質ってそれでしかないと思う。


そんな崇高なものじゃないし

もっと身近なものでいい。


もちろん絵が売れたら嬉しいし、

お金とかそういうのも大事だけど、


資本主義万歳な人たちが

アートをお金儲けの手段にして、

評価をして価値をつけてこれはどのくらい技術がすごくてどのくらいレアで高値で売れるかってやりはじめたから。


だからきっと芸術の敷居は高くてよくわからなくて、一種のステータスみたいになってる部分があるんじゃないだろうか。


わたしはアートがもっとそばにあってもっと当たり前になってわかりやすいものになればいいと思う。

自分が作るものがそういうものであればいいと思う。


いつもそばにあって優しく寄り添ってくれるのが、だれかのつくった芸術とか音楽だと思うから。