聖書の最初の書「創世記」に登場するノアの大洪水伝説。これは、ノアの箱舟に入ったノアとその家族および動物以外のあらゆる地上生物を洗い流してしまったという前代未聞の大災厄のことです。
あまりに有名な伝説のため、現在でも古代史に興味を持つ大勢の人たちがノアの大洪水の痕跡やノアの箱舟の遺構を見つけ出そうとしています。箱舟が漂着したとされるアララト山はトルコ、イラン、旧ソ連(現:アルメニア)などの国境付近に位置しており、安易に立ち入ることができず、アララト山で箱舟の現地調査を実行するのは困難だったという歴史があります。この辺りの事情は後日紹介することにして、実はかなり前のことなのですが、このノアの大洪水伝説に関連して、私の親しい友人と「ノアの大洪水は果たして本当に全地球的なものだったのか、それともノアが居住していた地域に限定した局地的なものだったのか」をテーマに話し合ったことがあります。とても興味深いテーマでしたので、記憶から消えてしまう前に今日はそんな話題を取り上げて自分の備忘録にしようと思いました。
皆さんは聖書の創世記にあるノアの大洪水の記述を読んだことがありますか? 創世記6章から9章でノアの大洪水伝説の全容が描写されています。とくに7章と8章のハイライトでは大洪水で全世界が水没し、全地を洗い流したと。これらの聖句を素直に読むなら、大洪水の水は全地球表面を完全に覆い尽くしたと考えるのではないでしょうか。
【創世記7章19,20節】
「そして、水は地に大いにみなぎって、全天下の高い山々がことごとく覆われるようになった。水はそれらの上十五キュビトにまでみなぎり、山々は覆われた。」
確かにこういうふうに書かれているわけで、私自身もノアの大洪水は全地球表面を覆い尽くす世界規模の現象だったという説に同意してきたわけです。
※以下の関連記事を参照のこと:
20250331-ノアの大洪水と生物進化
20250415-ノアの大洪水の水はどこに消えたのか?
20250417-ノアの大洪水後、人間の寿命が急速に短くなることについて
一方で、ノアの大洪水はあくまで局地的な洪水だったという意見も根強くあります。どうしてそう考えるのでしょうか? 例えば、次の聖句を読んでみましょう。
【創世記8章8,9節】
「後に彼は、水が地の表から引いたかどうかを見るために、一羽のはとを自分のところから放った。だが、はとはその足の裏をとどめる所をどこにも見いだせなかった。こうして水がまだ全地の表にあったため、それは彼のところへ、箱船の中へ戻ってきた。」
鳩の飛行可能距離を考えると、五つの大陸を横断網羅して全地球表面の水位を確認することが果たして本当にできるのだろうか。そんなことは到底できない。これは鳩が探検し得た範囲の地表面について述べていることは明白だ。したがって、ここでいう「全地」とは鳩の行動圏内のことを指している。
なるほど、これはなかなか説得力がある説明だと思いました。また、同じ創世記の中で「全地」と書かれている次のような聖句があります。
【創世記41章56,57節】
「そして飢きんは地の全面に臨んだ。そのときヨセフは人々の中にあったすべての穀物貯蔵所を開いてエジプトの人々に売り始めた。飢きんはエジプトの地を強くとらえていたのである。さらに、全地の人々がヨセフから買い求めるためエジプトにやって来た。飢きんは全地を強くとらえていたからである。」
ここで「全地」と書かれているが、食糧を求めて日本列島やアメリカ大陸から海を渡ってはるばるエジプトまで移動してきた人たちがいたとは考えにくい、聖書中にそんな記述も無い。したがってここで言及している「全地」とはエジプトとその影響力を行使できる限定した地域のことであったに違いない。だから同じ創世記に、ノアの大洪水で「全地」と書かれている箇所も文字通りの全地球的なものではなく、ノアと関係のある地方に及ぶ局地的なものだったと解釈すべきだ。
なるほど、これもまた妥当性があると思いました。皆さんはどのように思われますか?
他にも多岐にわたる面白いトピックが出たわけですが、こんなふうに聖書を読んでいろいろ想像力たくましくすると、とても興味深い考えに結び付いてくる。ノアの箱舟の遺構やノアの大洪水の真偽を確かめるというテーマでの直接的な科学研究を実施することは実際問題として現実的ではないと思いますが、世界の誰かが挑戦し、その痕跡らしきものを発見したら・・・なにかワクワクしますね!