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 今、私の手元に1970年に小学館から発行された学習図鑑『なぜなに月と宇宙のふしぎ』があります。アポロ11号が月面着陸に成功し人類史に栄光の軌跡を刻んだのが1969年。翌年1970年はまだその熱狂冷めやらぬ宇宙開発の黄金時代だったというのはきっと誇張ではないでしょう。今から55年前、当時の学童たちに提供された宇宙の図鑑は、20世紀後半の世相の一面を知る重要な手がかりの一つに違いありません。私はこの図鑑を古書店で見つけたのですが、くたびれた書籍のあちこちに認められるイタミやシミの数々が発行から55年もの歳月を十分に感じさせてくれます。しかし図鑑のページをパラリパラリとめくるごとに怪気炎を上げる挿絵の数々、予想の斜め上を行く異次元のワードのオンパレード、これがもうケッサクなのです!


 図鑑の構成は、国立科学博物館の研究者監修の下、子どもたちからの宇宙に関する素朴な質問に回答しながら宇宙開発の姿を解説するというスタイルをとっています。当時は、ハッブル宇宙望遠鏡が登場するずっと前、人工衛星が宇宙空間を飛び周り精密な宇宙観測が行われる前ですから、写真技術が未発達で今日見られるような色鮮やかな天体写真など無く、その代わりにたくましい空想力に物を言わせた力強いタッチのイラストで、どうにかリアリティを出そうとした当時の人たちの苦心の跡がしのばれます。


それでは早速図鑑の中身を拝見してみましょう!


質問:「ぼくたちは、いつ月に行けるのですか?」

 ふんふん、いつか宇宙に飛び出したいという実に子どもらしい質問ですよね。図鑑の回答では「あと30年もしたら360万円で月旅行ができる」とのこと。えっ!? 30年後って西暦2000年ですよ? 1970年当時の大卒初任給が大体4万円として、今、大卒初任給はおおよそ20万円ぐらい。物価上昇率は約5倍でしょうか。360万円の5倍ですと、ザックリ1800万円で月に行っているはずですよね。しかし現実には、2025年現在でも月旅行など程遠いし、地球のすぐ近くを周回する国際宇宙ステーションへの民間ツアーでさえ費用は60億円をくだらないと言われています。人間の未来予測能力というのはこの程度なんだなあと思いました。


 その後も、「ぼくたちも、うちゅうひ行しになれますか?」、「火星には、いつごろ行けるのですか?」など、ほほえましい質問が続きます。宇宙開発花盛り、アポロ計画の成功による宇宙時代のビッグウェーブが日本にも押し寄せていたことをよく反映していると思いました。しかし・・・、


質問:「うちゅう人は、ほんとうにいるのですか?」

 このあたりから図鑑の描写が次第にあやしくなってくる。想像上の宇宙人の数々が大集合。昆虫と哺乳類のハイブリッド宇宙人、風船型金星人、ロボット宇宙人、ゴリラ星人、などなどいろいろなタイプの宇宙人がこれでもかと再現イラストで登場してくる。なんだろう、この違和感。


質問:「もし、うちゅうかいじゅうが地球をおそってきたら、どうなりますか?」

 こんな質問する子どもが本当にいたのかと思うのですが、イラストは、口から大きな牙を生やし頭からアンテナをニョキニョキ突き出して破壊音波とレーザー光線を無差別に発射するグロテスクな火星怪人たちが地球で大暴れしている。高層ビルを破壊し、タクシーをひっくり返し、飛行機を攻撃し、もうやりたい放題・・・。火星人の襲撃で人々が逃げ惑う阿鼻叫喚の世界が描かれています。


質問:「空とぶ円ばんのき地は、月にあるのですか?」

 この質問もどうなの?と思うのですが。図鑑の回答によると、「インドの古い本によりますと、人間は地球上でうまれたのではなく、うちゅう人の子そんだということです。そして、どこかの星から、ひとまず月へきて、それから地球へやってきたとかかれています。」とシレっと説明している。引用する文書を間違っていないかと思うのですが。


質問:「浦島太郎ののったかめは、円ばんだったのですか?」

 こ、これはもはや質問ではないでしょ。イラストでは和服に身を包みマゲを結わいた浦島太郎が空飛ぶ円盤にまたがり、近未来的な建造物で描写されている竜宮城に接近しています。竜宮城では高貴な装束をまとった乙姫様とその家来たちが立ち並び、浦島太郎の円盤を今かと待ち構えています。アインシュタイン博士の相対性理論によるウラシマ効果を言いたいみたいなのだが、それにしてもツッコミどころが多すぎてコメントのしようがない。その後も、おとぎ話の「かぐや姫」は宇宙人だった、月の国から迎えに来た『雲の車』は空飛ぶ円盤のこと、さむらいたちの目をくらませた光とは円盤から発射された特殊な放射線ではないかという説を堂々と紹介している。再現イラストは、円盤型UFOから発せられた電磁放射線に打たれて卒倒している武装したさむらいたち。


 破壊力バツグンのこの学習図鑑は天文学の専門家による監修という体裁なのだが本当なんだろうか。びっくりするような大らかさに衝撃を受けました。


 一方、近年出版された宇宙の図鑑は、どれも科学観測による色鮮やかな天体写真が掲載されていて目が覚めるような美しさがありますよね。しかし半世紀前にはそんな観測技術や撮影技術が無かった。そのためイラストを使った豪快な力業で解決を図ろうとするから、空想や想像が先行する。現在と比べると当時の科学技術の水準では宇宙の未解明のことが多く、逆にそういう空想が市民権を獲得する余地が十分にあったのだろうか。意識・無意識を問わず、科学的事実より空想・妄想・想像の優越度が相対的に大きかった、そういう時代だったのではないかと感じています。

 
 以前、親しくしていた小学校の先生に55年前の学習図鑑『なぜなに月と宇宙のふしぎ』と、同じ小学館から最近出版された宇宙の図鑑を貸してみて、2つの図鑑に対する児童たちの反応の違いを比較してもらいました。結果は、55年前の学習図鑑に対する児童たちの反響の豊かさは圧倒的だったということでした。昔の学習図鑑のほうが現在の科学的に正確な学習図鑑より訴求力が高いんだなあと、逆に感心しましたね。


 1970年当時の社会的風潮のすべてを肯定するつもりはありません。しかし大小様々なルールと暗黙の規範があらゆる方面で高度に張り巡らされ、がんじがらめで息が詰まりそうな空気を感じることが多い昨今、当時の大らかでのびのびとした気風がちょっとうらやましいなという偽らざる気持ちがあるんですよね。皆さんはいかがでしょうか。