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 私が大学生の時でした。どういういきさつか記憶は定かではないのですが、突発的に小説を執筆しくてたまらない衝動に突き動かされ、駆り立てられるように一気に書き上げたことがありました。小説と言っても子ども向けの短編という位置づけでしたし、取るに足りない小作品にすぎません。しかし当時の自分にとってはどういうわけか大変な自信作となったのでした。


 どんなカテゴリーの作品であっても一生懸命に取り組んでついに完成させたとき、その充足と高揚からとにかく誰かに自分の作品を見てもらいたいという気持ちでいっぱいになることってありませんか? 他人からなんと言われようがこれは素直な感情の発露でもあります。とりわけ自分の自信作でもあった短編小説です。その作品に触れて最高に楽しい時間を過ごしてもらいたい、そしてその作品の真価を探りたい、そう思った私はまず自分が所属していた教団コミュニティの児童・生徒たちに読んでもらおうと売り込みを開始したのでした。


私:「夏休みの宿題終わった? 学校の読書感想文、もう書いた?」

私:「なに? まだ書いていない? それならぼくのオリジナル小説を読んで、その感想文を書いて学校の先生に提出したら良いよ!」


 今考えると、「なんていい加減なことを!」もう少し健全なアプローチの仕方が無かったのかと吹いてしまいますよね。それにもかかわらず、学校の読書感想文は別にして結果的に小学生と高校生が、しぶしぶとはいえ、私の短編小説を読むと言ってくれました。方法はどうであれ、私の渾身の作品に触れる機会を提供することに成功したわけで、「きっと楽しんでくれるに違いない!」、「後日感想を聞くのがとても楽しみだ!」、などなど湧きあがる楽天的な思考で本当にウキウキしていました。


 さて、後日出席した教団の集会で楽しみにしていた肝心の感想を聞いてみることにしました。


小学生・高校生:「ウ~ん・・・、、、」


 一同全く面白くなかった様子。。。キラキラした目で「ホントにおもしろかったぁ~っ!」と感激を語ってくれるものと期待していました。現実はどんよりとした空気ばかりが流れていました。しかし、そんな期待外れの反応にもかかわらずショックはほとんど無く、無機質なレスポンスしかない現実がむしろ意外だと感じたぐらいでした。有り余る自信とはこういうものでしょうか。今となっては、こういうところまでが、たくましい精神の持ち主でもあり、懲りないヤツでもあり、そういう周囲との心理的な相互作用を生み出した情景の一つ一つまでもがとても懐かしく思い出されるようになってきたわけで、過去の出来事が自分の中で次第に「歴史」として認識されつつあるんだなぁと感じています。


 あれから随分時間が経ってしまいました。その後、短編小説の行方はどうなったのでしょうか。実は今でも本棚の片隅で静かに眠っています。遠い記憶の中にある大切な記念品としてこのまま眠らしたままにしておくのも悪くないのですが、当時に比べて利用できるメディアが格段に進化した今、作品をどのようにアップデートするか考えるだけでも楽しみがあると感じています。もちろん青二才の思い付きで創作し数十年も書棚に眠り続けていた短編小説ですから、色あせてカビが生えていてもおかしくありません。色付け味付け再加工も必要でしょう。そうやってどこかのタイミングで、なんらかの形で世に出せれば、ひょっとすると何か良い事が起きるかもしれない、などと相変わらず幻想を抱いているんですよね(笑)。