ケプラーの惑星運動の法則とニュートンの万有引力の法則 | キーボードのブログ

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 以前の記事の中でヨハネス・ケプラーに言及したことがありましたが、読者の皆様はご記憶にあるでしょうか。(ブログ記事:20240915-占星術と天文学)。最近、表題について学び直しをしたところなのですが、せっかくですのでそのときの雑感を書き留めておこうと思いました。


 ヨハネス・ケプラー(1571~1630年)は近代科学の創設に重大な影響を与えた人物の一人として傑出した功績を残した人でした。とくに天文学の歴史における名声は光輝くばかりで、惑星運動の規則性「ケプラーの法則」は高等学校の理科(物理)の教科書にも登場する代表的業績となっています。学校で理系クラスを選択した人ならうっすらと記憶の断片にあるかもしれません。実際、ケプラーを無視して天文学の発展史を語ることはできず、最近の例でもNASAによる太陽系外惑星を探査する宇宙望遠鏡「ケプラー探査機」はヨハネス・ケプラーにちなんで名付けられています。


 ケプラーの法則とは、

・第1法則:楕円軌道の法則(惑星は太陽を焦点とする楕円軌道を動く)
・第2法則:面積速度一定の法則(惑星が太陽と結ぶ線分の面積速度は一定である)
・第3法則:調和の法則(公転周期の二乗は軌道長半径の三乗に比例する)


 ケプラーの上司ともいうべきティコ・ブラーエが遺した精密で膨大な観測データをケプラーが丹念に分析し、惑星運動の規則性を見出したわけですが、それがのちのアイザック・ニュートンによる万有引力の法則の発見という歴史的偉業に結びついていきます。天体望遠鏡が発明される前夜の時代に、肉眼にもかかわらず極めて緻密に天体の運動を測定したこと自体が驚異的で、こういうたぐい稀な発見は宇宙の真理を解明したいという凄まじい執念の産物だと言って良いでしょう。途方もない不屈の精神で徹底的に突き詰める営みの先端にこそ、未知の真理の発見があるんだと、勇気づけられもします。


 一応、私は学生時代に物理系専攻の末席におりましたので、ケプラーの法則はニュートンの万有引力と結びついているというぐらいの事実は昔から承知していました。しかし、その結びつきを他人に解説できるほど熟知しているかと問われると、決してそんなことはなかったです。とてもフワッとしたものでした。ニュートンを自分の師匠として仰いでいると言ってはばからないのであれば、それぐらい九九を暗唱するかのごとく会得しておくべきだとの必要性を痛感し、今更ですがあちこちの情報をかき集めて、ケプラーの法則とニュートンの万有引力の法則の関係について一から洗い直してみたというわけです。


 結論から申し上げると、とっても良い勉強になりましたね! あいまいなまま頭の中で散らかっていたたくさんの知識が目まぐるしく連結し、最終的に万有引力の法則が数学的に見事に導出されていく道のりは本当に感動的でした。微分方程式を駆使して宇宙の構造(この場合は太陽系だが)の真の姿を解き明かすというアプローチにあらためて神秘を感じました。「宇宙には数学的構造が実在する!」。同時に、天才と呼ばれる人の思考というのは私みたいな凡人と比べたらやっぱり別格だよなあと本当に感心しましたね。日常生活に与える満ち足りた感覚(人によっては霊的充足ともいう)も申し分ない。現在の仕事に直結しているわけではありませんので、最近流行りのリスキリングとは少し違いますが、前向きで健康的な心理状態の形成に間違いなく寄与しています。


 ところで、ケプラーは占星術者としても一流の人物だったようです。独自の占星術法による予言、例えば、「寒波の到来」や「トルコ人の襲来」を的中させる離れ業までやってのけたと伝えられています。現代の科学に通じる輝かしい業績ばかりでなく、オカルチックな活動にも精力的に取り組んでいたというからインパクトがありますよね。ケプラーの伝記に目を落とすと、惑星運動に関するケプラーの法則の発見という至極まっとうな天文学のフレームでは収まりきらない堂々とした風格が随所にうかがえます。


 この点で言うと、アイザック・ニュートンも自然科学以外に錬金術や聖書の終末論に生涯没頭していました。発見された大量の原稿から推測すると、自然科学の研究より重視していたのではとも考えられています。こういういくつかの事例は、現代の純粋科学に身を置く業界人にとって極めて都合の悪い事実なのでしょうが、都合が悪いからといって無かったことにする、見て見ぬふりをするような姿勢はかえって奇妙に感じる。現在ではオカルトとして場合によっては冷笑のターゲットにさえなってしまう活動に対し、ケプラーにしてもニュートンにしてもそれは余暇の楽しみの一環という範疇を明らかに超えており、その是非はともかく彼らにとってすっかり生き方になっていたことは疑いようのない事実なんです。


 ケプラーの生涯は宗教問題でも大変なご苦労もされました。ご本人はキリスト教を自らの信仰の拠り所と考えていたのですが、異なる宗派から迫害を受けるばかりでなく、見解の相違から同じ宗派からも弾圧され、行き場を失ってしまう。こういうところは私自身も似たような、というか多少心当たりがあるわけで、ケプラーの生きざまに少なからず共感できるところがあるんですよね。