国内における教団の活動記録を分析したレポートを提出したときのこと | キーボードのブログ

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 私が子供のころから関わっていた教団では、かつて国内の奉仕者数や布教活動時間の記録などを信者向けの小冊子に毎月公表していたことがありました。夏シーズンに洗礼者数が激増する記録から夏に開催される大規模大会が寄与していることなど、組織の隆盛やその歩みの全体像を数字の上から大づかみに読み取ることができます。今日は、私がそういうデータの分析に興味があった大学生のころのささやかな思い出を記してみようと思います。


 そもそも分析をするために必要なものとはなんでしょうか。もちろん根拠となるデータが手元に必要ですよね。そこで当時の私が入手できた範囲で教団の過去の出版物から記録や情報をかき集めてきました。私の力量など明らかに限定的で力不足だったとは言え、入手したたくさんのデータをグラフにすることから始まり、統計的な分析とその結論を渾身の作品としてレポートにまとめました。肝心のレポートの結論としては、日本国内の教団奉仕者数は今後伸びることはなく閉塞感が漂うという全面的に消極的かつ否定的で組織的には都合の悪い構成となっていました。


 夢中になってレポートを完成させたことからくる高揚感に満ちた私は、熱が冷めやらぬうちにさっそく教団幹部とアポイントを取り、自信作であるレポートを引っさげて教団幹部の自宅に押し掛けました。成果物をだれかに語りたくてしょうがない、そんな気分だったのではないでしょうか。教団幹部と一対一、私の分析結果の概略をグラフを駆使して意気揚々と説明してまいりました。幹部は「ふんふん」と表面的には感心しながら聞いているふうで、悪くない手応えを感じたものです。時間の都合でレポートの概略のみを説明し、詳しい内容についてはレポートの本文を参照していただきたいという旨をお伝えするとともに、後日、集会で率直なコメントをいただきたいと申し添えました。自分の分析を胸を張って語ることのできた満足感と、どんな感想が聞けるのか、本心からとても楽しみにしていたのでした。


 そして、迎えた翌日曜日の集会所でのことです。私のレポートをつかんだ教団幹部か血相を変えてツカツカと私に近づいてきました。

教団幹部:「こんなレポートにコメントなどできないっ!!(激怒)」

と言ってカンカンに憤慨している! レポートを提出したら怒りを招くという思いがけない反応に戸惑いましたが、そうは言っても私の渾身の力作です。そこは粘って「一言でもよいので感想いただければと思います」としつこく食い下がったものの全く相手にされず、それどころか私のレポートを吐き捨てるように突き返され、感想の代わりに私の霊性の低さを咎める言葉を浴びせられ、嫌な気分だけが残ったのでした。


 ただ、一人ぐらいに拒絶されてもへこたれなかった私はどこかで有益なアドバイスを得られないものかと、同じ教団コミュニティで親しくしていたフルタイム奉仕者のご夫婦のところに話を持っていくことにしました。こちらのご夫婦は夫婦揃って理系の高等教育を受けた人たちで、この種の分析にはきっと関心を持ってくれるだろうという期待があったのです。


 実際、学歴や経歴からしておそらくこういう分析にも十分慣れておられるご様子、私のレポートの内容について実によく耳を傾けてくれました。それで、そのご夫婦にレポートについて文書と口頭で説明するとともに、教団幹部の自宅にお邪魔して解説した事実、率直なコメントを求めて教団幹部にレポートを提出したこと、その結果としての教団幹部の反応など、赤裸々にお話ししたのです。


フルタイム奉仕者(夫):「えぇーっ!? このレポートをホントに幹部に提出したの!?(汗)」

私:「はい、そうなんです」

フルタイム奉仕者(妻):「キ、キーボード兄弟は勇気あるなぁ・・・」

私:「(え?)」


 「勇気がある」という多少皮肉交じりのお褒めのお言葉をいただきましたが、どうも私は地雷を踏んでしまったらしい。危険地帯だという認識の下、勇敢に乗り込む心構えで行動していなくても、日常的にいろんなアクションを起こしていると思いがけない反応が現象として発生することがありますよね。場合によっては決して心地良い経験でないこともありますが、そういうプロセスを通じて組織内の独特な人間関係や感情の機微を学習することが多かった。もちろんいちいちそんな不愉快な経験などせず、起こり得る現象を的確に予測できる人が本当に賢い人物だと思います。


 いかがだったでしょうか? 今となっては無邪気な若者のほほえましいエピソードの一つとして懐古できるわけですが、皆さんもそんな体験の1つや2つはあるのではないでしょうか。しかし実際のところ、現在の教団における国内奉仕者数の全容は私が大学生のときのレポートで下した結論と同じように推移しているようなので、つたなくともやはりデータに基づく推測というのはあながち軽んじるべきではない、そんな気もしているわけです。