Nui Branche 2013 Brussels
Nuit Blanche。
日本語で無理やり読むと、ヌイ ブランシェ。直訳は「白い夜」という意味。
2002年にパリで始まったArtイベントで、今やカナダやイタリアでも行われていて、欧米では順調に成長しているようだ。
2年くらい前から日本では京都でも行われているもよう。
http://www.nuitblanche.jp/about/
この日は街中を使って作品の展示やLiveパフォーマンスや演劇やインスタレーションやらが行われていて、イベントは夜スタートして朝までぶっとおしで続く。
一部を除いて基本的にはFreeで、家族連れやカップルや集団が酒やツマミを片手にガイドの地図を見ながら散歩しつつ、オモイオモイに作品をみてあ~でもないこ~でもない言ってる。冷やかしもいれば、静かに音楽演奏聴く人もいればただ酒のんでるだけの人もいる。
要するに市民がいつもよりちょっとテンション上がる、街中で夜に行われるアートのお祭りの日。
初めて体験したのが2010年のパリだった。
その時はセーヌ河にかかる橋の上にテクノアンビエント流しながら光まくる巨大なキューブにおったまげて、田舎モン丸出しで「おったまげた~、オラこんなんはじめてだ~」と口半開きで感動した。それから3DイルミネーションArtが好きになった。
http://www.1024architecture.net/
ここブリュッセルも例にもれず先週の土曜日に開催。
http://nuitblanchebrussels.be/
映像作品、教会の中の音楽演奏、展示、歩道のデコレーション、歴史建築ライトアップなどetc。













感想は、「パリに比べたらおとなしい」
でも街の人々の雰囲気は良かった。
いつか出演したいもんです。
日本語で無理やり読むと、ヌイ ブランシェ。直訳は「白い夜」という意味。
2002年にパリで始まったArtイベントで、今やカナダやイタリアでも行われていて、欧米では順調に成長しているようだ。
2年くらい前から日本では京都でも行われているもよう。
http://www.nuitblanche.jp/about/
この日は街中を使って作品の展示やLiveパフォーマンスや演劇やインスタレーションやらが行われていて、イベントは夜スタートして朝までぶっとおしで続く。
一部を除いて基本的にはFreeで、家族連れやカップルや集団が酒やツマミを片手にガイドの地図を見ながら散歩しつつ、オモイオモイに作品をみてあ~でもないこ~でもない言ってる。冷やかしもいれば、静かに音楽演奏聴く人もいればただ酒のんでるだけの人もいる。
要するに市民がいつもよりちょっとテンション上がる、街中で夜に行われるアートのお祭りの日。
初めて体験したのが2010年のパリだった。
その時はセーヌ河にかかる橋の上にテクノアンビエント流しながら光まくる巨大なキューブにおったまげて、田舎モン丸出しで「おったまげた~、オラこんなんはじめてだ~」と口半開きで感動した。それから3DイルミネーションArtが好きになった。
http://www.1024architecture.net/
ここブリュッセルも例にもれず先週の土曜日に開催。
http://nuitblanchebrussels.be/
映像作品、教会の中の音楽演奏、展示、歩道のデコレーション、歴史建築ライトアップなどetc。













感想は、「パリに比べたらおとなしい」
でも街の人々の雰囲気は良かった。
いつか出演したいもんです。
もうすぐ、もうすぐ。
創り始めて6ヶ月もたってしまった。
来る日も来る日もひたすら作業。
重ねて、試して、直して、最初からやり直して、また彩り重ねて。
やりすぎると原型がわからなくなるのでシンプルを心がけながら繰り返し重ねる作業。
丁寧に濃く深く創っていく。
伝統の染物や焼き物のそれとは恐れ多くていえないが、なにか近いものを感じる。
全然すすまないときもあれば、高速で全てがハマっていくときもある。
変化が見えないときはまるでカタツムリのように感じる時もあるけど、それもすべて必要なんだろうな。自分のコンディションがいくら良くても、季節、天候、温度、湿度、集合意識や集団情緒にも影響をうける。
これも自然(地球)のおり成す不思議な仕業。
それも少しづつ出口が見えてきた。
もうすぐ完成します。次の音作品「Floating Rapture 2.0」
前回の「Floating Rapture」のバージョンアップです。
自分の成長に伴い、CDも進化。
まったく新しくトラックを創りなおし、レコーディングを一からやり直し、MixingとMastering新たに加えて、新曲を2曲追加してもうじき産まれます。

ふと、思った。
自分は媒体に過ぎないのかもしれない。ただ日々のたゆまぬ鍛錬で「降りやすく」整えるのが仕事かもしれない。
「ただアルものをアラワスために手助けを(おこがましいが)をする」ということかもしれない。
適度な塩梅の我はもちながら、こんなふうにありたいと思ったブリュッセルの秋。

生牡蛎とムール貝が旨い季節です。
来る日も来る日もひたすら作業。
重ねて、試して、直して、最初からやり直して、また彩り重ねて。
やりすぎると原型がわからなくなるのでシンプルを心がけながら繰り返し重ねる作業。
丁寧に濃く深く創っていく。
伝統の染物や焼き物のそれとは恐れ多くていえないが、なにか近いものを感じる。
全然すすまないときもあれば、高速で全てがハマっていくときもある。
変化が見えないときはまるでカタツムリのように感じる時もあるけど、それもすべて必要なんだろうな。自分のコンディションがいくら良くても、季節、天候、温度、湿度、集合意識や集団情緒にも影響をうける。
これも自然(地球)のおり成す不思議な仕業。
それも少しづつ出口が見えてきた。
もうすぐ完成します。次の音作品「Floating Rapture 2.0」
前回の「Floating Rapture」のバージョンアップです。
自分の成長に伴い、CDも進化。
まったく新しくトラックを創りなおし、レコーディングを一からやり直し、MixingとMastering新たに加えて、新曲を2曲追加してもうじき産まれます。

ふと、思った。
自分は媒体に過ぎないのかもしれない。ただ日々のたゆまぬ鍛錬で「降りやすく」整えるのが仕事かもしれない。
「ただアルものをアラワスために手助けを(おこがましいが)をする」ということかもしれない。
適度な塩梅の我はもちながら、こんなふうにありたいと思ったブリュッセルの秋。

生牡蛎とムール貝が旨い季節です。









