ありがとう、ミュンヘン | Keyaki

ありがとう、ミュンヘン

まったく、本当に恵まれたドイツの3ヶ月だった。

この夏、ミュンヘンに滞在することができて多くの人に会い、沢山たくさんイロンナモノを頂いた。


ああ、なんてこった。
ああ、まただ。
俺はまた、沢山助けられた。
この旅の間、多くの人の愛情と思いやりにず~と助けられている。

こうやって旅を続けていると、一人ではどうしょうもない出来事が起こる。
一人では何もできない時がある。
誰かの支えや助けがあるから生きていける、それをまたさらに痛感したドイツ。
俺がすべきことは何か、それをまたさらに痛感したミュンヘン。

有難い。有難い。本当にありがとうございます。





あの頃から振り返ると、人生が雲泥の差だ。

20代、自信過剰な世間知らずの口だけ達者な生意気なガキだった。
実力ないくせに天狗になり、人生を舐めきった結果、別れ、失い、親友以外誰もいなくなった。
自分を否定し、認められず、自信を無くして自暴自棄のあの数年を体験し、日本社会でリハビリした後、最後に自分の好きなように生きようと決め、ジャンベを担いで社会からDropOut。
残りの人生、やりたいことを一所懸命やろう、と。

その結果、今、多くの純粋な人に出会い、濃い縁に恵まれ、多くのシンクロが頻繁に起こり、それらはまだ見ぬ未来を明るく照らし始め、荷物はどんどんシンプルに軽くなっている。
起こる出来事はまるで、ますます進めとカタパルトのよう。

今、ここヨーロッパで、俺の音楽で知らない街の知らない人が喜んでくれる。
そして、皆、そのまま進めと言う。



なんという人生!







この夏のヨーロッパで意識の中に新しく芽生えたものがある。

(うれしい!また階段を一つ上ったんだ!!)

それは、「音楽家としての自覚が生まれた」という事。


自分の音楽をさらに磨き、多くの人の魂に響く音を奏でること。
まだ見ぬ多くの人に、俺の演奏で何か心が動いてもらえるように。
世界中の人の心と魂を揺り動かす事。
常に最高のクオリティを追求すること。

俺は音を扱うことで、人になにかしら影響を及ぼすという生業だ。
つまりProとしての自覚。
それは信頼だ。それは決意だ。


それにフォーカスしよう。
音をさらに磨くために、生活する国、土地、食べ物や運動、余暇の使い方を選択していこう。





あるピアニストからいただいた言葉。

1、上手くなること
2、あきらめないこと
3、魂のために演奏すること

これを果たすことが俺の責任だ。


成長し、磨き、音楽の純度を上げ、フォーカスし、進むこと。
奢らず、謙虚に、貪欲に、まっすぐ進もう。


それが、多くの助けや援助に対する、自分のできる恩返しだ。
俺が生きている意味だ。


「音を磨く 人が踊る 世界は希望に包まれる」
Blogのタイトルの下に書いてあるじゃないか。
これだ。



27日で夏のヨーロッパ修行の終わる。
再び夏のオーストラリアへ。
土地は変わるけど修行は続く。
次は「磨く、整える、蓄える、宣伝する、創る」。

オーストラリアにも会いたい人が沢山いる。




最近友人達から「お前、日本にかえってくんのか?」とよく聞かれる。




帰るよ、準備が整ったら。お土産いっぱいもって。






楽しみにしててよ。