出所
鉄の扉の一つが開けられた。
タタミ3畳くらいのスペースに2段ベッドがある。ドアの脇にはおもむろにトイレ。
小さな机と椅子が二つ。窓には鉄格子。
「おい!ルームメイトだ」と職員が言うと、2段ベッドの上から濃い顔がでてきた。
先にいたのはパンジャブ出身のインド人。
一言挨拶を交わして彼はまた寝た。
深夜2時も回っていたのでシャワー室は開いておらず、そのまま寝ることにした。
よっぽど疲れていたのか、意外とすぐ寝れた。
翌朝7時に、ドアの鍵を開ける音で目が覚めた。
職員が毎朝7時にドアの鍵をあけるシステムらしい。
そのまま2度寝、9時半頃また起きる。
インド人が朝からパンジャブミュージックを爆音でかけだした。
歌いながら歯を磨いている。陽気な奴だ。
彼はここに1ヶ月ちかくいるという。8年前にインドからUKに入り、仕事をしていたのだがVISAはとっくに切れていてらしい。
路上での職務質問から警察署に連行され、VISAが切れているのが見つかってここに収容されているとのこと。この後どうなるかは本人も知らないらしい。
オレだったらそんなの不安でしょうがないはずだけど、このインド人はなんだか全然気にしていないようで、すこし心がまぎれた。
朝食をとりに部屋を出る。やはり昨日のカウンターのところが配給場所。
当番制なのか、カウンターの向こうにはエプロンをした囚人?達が働いていた。
他の者は皆、MyカップとMyフォークをもって並んでいる。
メニューはコーンフレークとパンと紅茶。コーヒーは無かった。
列の一番後ろに並ぶ。俺の何人か前でパンが切れた。
前の若いロシアっぽい奴が「Hey!パンがないぞ」と騒ぎ出す。
もらえていない5人くらいで、そいつにのっかって一緒に「パンくれパンくれ」と口々に言った。
その瞬間、お互いなんかちょっとした仲間意識みたいなもんを感じた。
朝食を済ませると、特にやることもなく、部屋へ帰ってベッドの上にいた。
しかし部屋のインド人がパンジャブミュージックを爆音でかけるので落ち着かず、自由に出られる庭に出た。
庭といっても四方を壁に囲まれた、いわゆる中庭で、地面はバスケットコート。
何人かがバスケをしてた。朝、カウンター内で朝食の準備をしてたジャマイカ人もそこにいた。
オレに比較的良くしてくれたウクライナ人の職員に聞いたのだが、この施設には常時600人が収容されているらしい。
毎日何人かが入ってきて、毎日何人かが出て行く。
2時間だけで出る奴もいれば、2日~2週間かかる奴もいる。中には2年いる奴もいるそうだ。
この施設は他にあと4箇所あるらしく、つまり合計24000人の人間がここLONDONで毎日収監されているのだ。
このイミグレセンターに収容される理由は、俺みたいに空港もしくは駅や港での入国不許可になったものか、VISA切れで滞在してて捕まる奴、偽造パスポート、ボートなどでの不法入国などなど、とにかく入国及び滞在の法律に抵触した者が、次の措置に移る前に一時的に収容される場所なのだ。
2年以上いる奴はなんでだ?と尋ねると、「彼らは自分がどこからきたか忘れているから送り返せないんだ。意味わかるだろう?」といった。
それぞれの事情ってやつだ。
つまりこういう事。
偽造パスポートなどで各国を経由しながら来たものの中には、自分がどこの国から来たか言えない奴もいるのだ。
なんらかの事情で自国に戻りたくなくて言わない奴もいれば、何らかの事情で自国に戻る事を許されない奴、もしくは言って身分を明かしてしまえば自分の組織なりファミリーなりに迷惑がかかる奴などなど、それぞれ事情が複雑にあるようだ。
そういう奴はココで長い間お世話になるらしい。俺は心の中で彼らをベテランさんと呼ぶことにした。
俺ら新入りは特に仕事をさせられる事もないが、掃除や食事の準備なんかはベテランさんがしてたりする。
ジャマイカンのベテランさん達は明るく陽気だった。
冗談いいながら歌うたってるし、自分がいままでどんなにいい女と付き合ってたかを聞いてもないのに細かく説明してくれたりもする。
彼らと話せたおかげで心が軽くなった。
昼の1時を回る頃、部屋にいると職員が入ってきた。
「Mr Keyaki?」
「Yes」
「お前のフライトは今日だな。20分で荷物をまとめろ。20分後に迎えがくる」
「!!!!!!」
このとき俺は多分いままでにないほどの安堵の表情を浮かべてたと思う。
荷物をまとめるのに20分もいらなかった。5分でパッキングを終了し、シーツとタオルをOfficeに戻して待った。
バックパックをしょって出口で待っていると、ジャマイカンが「Good Luck」と。
他の奴も、「良かったな!」と声かけてくれた。
後は昨日の流れと逆をたどるだけだった。
預けられた荷物を受け取り、中身を確認し、書類にサインした。
昨日とは違う迎えの係員2人が入り口にワゴンを止めた。
そのまま荷物をいれ、また鉄条網の車に乗り込む。
来た道とは逆のルートでスタンステッド空港に向かう。
めちゃくちゃホッとしてた。
STD空港に着き、再度手錠をかけられ係員に付き添われながら空港内へ入った。
イミグレオフィスに到着すると、昨日の係員が「ホテルはどうだった?」と笑顔で聞いてきた。
「悪くなかったよ。ただ朝食は紅茶じゃなくてコーヒーが良かったけどね」
すると笑いながらワザワザ奥から自分用のコーヒーを持ってきてくれた。
出国のペーパーワークと最後の荷物検査を済ませ、待合室で待機した。
待っている間にたくさんの送還者が次々と入ってきた。
昨日の俺が沢山いた。皆不安そうな顔している。泣いている女性もいた。
俺はただそれを眺めていた。世の中本当いろんな人がいて、いろんな運命がある。
フライトは5時半、待ち時間はあと1時間半か。
昨日からの出来事に比べれば1時間半なんて屁でもない。
1時間半後には飛行機に乗ってマレーシアか。着いたらどうしよう。この後どうしよう。
まぁ飛行機の中で考えるか。なにしろもうじき俺は自由だからな。
フライトは定刻どおりだったようで、5時半きっかりに係員につれられ、Bording。
テロップから機内に乗り込む瞬間まで係員に付き添われた。
一番に機内に入り、席に着いた。シートベルトを締め、ホッとしながら離陸を待った。
予想もしなかったこの24時間の出来事。
一日だけだったけど、不安や焦りや孤独をたっぷり味わったLONDON24時間イミグレ収監の旅だった。こんなにスリルあるツアーは二度とごめんだ。
1日だからこそいい社会見学になったし、今こうやってネタにもできるけど、これが1ヶ月とかだったらマジでへこむと思う。
皆さんも個人旅行で大荷物でLONDON入るときは、くれぐれも気をつけてください。
とんだパッケージツアーが付いてくるかもしれません。
〈完〉
タタミ3畳くらいのスペースに2段ベッドがある。ドアの脇にはおもむろにトイレ。
小さな机と椅子が二つ。窓には鉄格子。
「おい!ルームメイトだ」と職員が言うと、2段ベッドの上から濃い顔がでてきた。
先にいたのはパンジャブ出身のインド人。
一言挨拶を交わして彼はまた寝た。
深夜2時も回っていたのでシャワー室は開いておらず、そのまま寝ることにした。
よっぽど疲れていたのか、意外とすぐ寝れた。
翌朝7時に、ドアの鍵を開ける音で目が覚めた。
職員が毎朝7時にドアの鍵をあけるシステムらしい。
そのまま2度寝、9時半頃また起きる。
インド人が朝からパンジャブミュージックを爆音でかけだした。
歌いながら歯を磨いている。陽気な奴だ。
彼はここに1ヶ月ちかくいるという。8年前にインドからUKに入り、仕事をしていたのだがVISAはとっくに切れていてらしい。
路上での職務質問から警察署に連行され、VISAが切れているのが見つかってここに収容されているとのこと。この後どうなるかは本人も知らないらしい。
オレだったらそんなの不安でしょうがないはずだけど、このインド人はなんだか全然気にしていないようで、すこし心がまぎれた。
朝食をとりに部屋を出る。やはり昨日のカウンターのところが配給場所。
当番制なのか、カウンターの向こうにはエプロンをした囚人?達が働いていた。
他の者は皆、MyカップとMyフォークをもって並んでいる。
メニューはコーンフレークとパンと紅茶。コーヒーは無かった。
列の一番後ろに並ぶ。俺の何人か前でパンが切れた。
前の若いロシアっぽい奴が「Hey!パンがないぞ」と騒ぎ出す。
もらえていない5人くらいで、そいつにのっかって一緒に「パンくれパンくれ」と口々に言った。
その瞬間、お互いなんかちょっとした仲間意識みたいなもんを感じた。
朝食を済ませると、特にやることもなく、部屋へ帰ってベッドの上にいた。
しかし部屋のインド人がパンジャブミュージックを爆音でかけるので落ち着かず、自由に出られる庭に出た。
庭といっても四方を壁に囲まれた、いわゆる中庭で、地面はバスケットコート。
何人かがバスケをしてた。朝、カウンター内で朝食の準備をしてたジャマイカ人もそこにいた。
オレに比較的良くしてくれたウクライナ人の職員に聞いたのだが、この施設には常時600人が収容されているらしい。
毎日何人かが入ってきて、毎日何人かが出て行く。
2時間だけで出る奴もいれば、2日~2週間かかる奴もいる。中には2年いる奴もいるそうだ。
この施設は他にあと4箇所あるらしく、つまり合計24000人の人間がここLONDONで毎日収監されているのだ。
このイミグレセンターに収容される理由は、俺みたいに空港もしくは駅や港での入国不許可になったものか、VISA切れで滞在してて捕まる奴、偽造パスポート、ボートなどでの不法入国などなど、とにかく入国及び滞在の法律に抵触した者が、次の措置に移る前に一時的に収容される場所なのだ。
2年以上いる奴はなんでだ?と尋ねると、「彼らは自分がどこからきたか忘れているから送り返せないんだ。意味わかるだろう?」といった。
それぞれの事情ってやつだ。
つまりこういう事。
偽造パスポートなどで各国を経由しながら来たものの中には、自分がどこの国から来たか言えない奴もいるのだ。
なんらかの事情で自国に戻りたくなくて言わない奴もいれば、何らかの事情で自国に戻る事を許されない奴、もしくは言って身分を明かしてしまえば自分の組織なりファミリーなりに迷惑がかかる奴などなど、それぞれ事情が複雑にあるようだ。
そういう奴はココで長い間お世話になるらしい。俺は心の中で彼らをベテランさんと呼ぶことにした。
俺ら新入りは特に仕事をさせられる事もないが、掃除や食事の準備なんかはベテランさんがしてたりする。
ジャマイカンのベテランさん達は明るく陽気だった。
冗談いいながら歌うたってるし、自分がいままでどんなにいい女と付き合ってたかを聞いてもないのに細かく説明してくれたりもする。
彼らと話せたおかげで心が軽くなった。
昼の1時を回る頃、部屋にいると職員が入ってきた。
「Mr Keyaki?」
「Yes」
「お前のフライトは今日だな。20分で荷物をまとめろ。20分後に迎えがくる」
「!!!!!!」
このとき俺は多分いままでにないほどの安堵の表情を浮かべてたと思う。
荷物をまとめるのに20分もいらなかった。5分でパッキングを終了し、シーツとタオルをOfficeに戻して待った。
バックパックをしょって出口で待っていると、ジャマイカンが「Good Luck」と。
他の奴も、「良かったな!」と声かけてくれた。
後は昨日の流れと逆をたどるだけだった。
預けられた荷物を受け取り、中身を確認し、書類にサインした。
昨日とは違う迎えの係員2人が入り口にワゴンを止めた。
そのまま荷物をいれ、また鉄条網の車に乗り込む。
来た道とは逆のルートでスタンステッド空港に向かう。
めちゃくちゃホッとしてた。
STD空港に着き、再度手錠をかけられ係員に付き添われながら空港内へ入った。
イミグレオフィスに到着すると、昨日の係員が「ホテルはどうだった?」と笑顔で聞いてきた。
「悪くなかったよ。ただ朝食は紅茶じゃなくてコーヒーが良かったけどね」
すると笑いながらワザワザ奥から自分用のコーヒーを持ってきてくれた。
出国のペーパーワークと最後の荷物検査を済ませ、待合室で待機した。
待っている間にたくさんの送還者が次々と入ってきた。
昨日の俺が沢山いた。皆不安そうな顔している。泣いている女性もいた。
俺はただそれを眺めていた。世の中本当いろんな人がいて、いろんな運命がある。
フライトは5時半、待ち時間はあと1時間半か。
昨日からの出来事に比べれば1時間半なんて屁でもない。
1時間半後には飛行機に乗ってマレーシアか。着いたらどうしよう。この後どうしよう。
まぁ飛行機の中で考えるか。なにしろもうじき俺は自由だからな。
フライトは定刻どおりだったようで、5時半きっかりに係員につれられ、Bording。
テロップから機内に乗り込む瞬間まで係員に付き添われた。
一番に機内に入り、席に着いた。シートベルトを締め、ホッとしながら離陸を待った。
予想もしなかったこの24時間の出来事。
一日だけだったけど、不安や焦りや孤独をたっぷり味わったLONDON24時間イミグレ収監の旅だった。こんなにスリルあるツアーは二度とごめんだ。
1日だからこそいい社会見学になったし、今こうやってネタにもできるけど、これが1ヶ月とかだったらマジでへこむと思う。
皆さんも個人旅行で大荷物でLONDON入るときは、くれぐれも気をつけてください。
とんだパッケージツアーが付いてくるかもしれません。
〈完〉