ファムドゥメゾンinConakly Simbaya
約一ヶ月滞在していたファムドゥ・コナテ師匠の家は、コナクリのシンバヤという比較的裕福な地区にある。
ファムドゥメゾンの周囲は多くのミュージシャンが住んでいて、外を歩けば100mおきにミュージシャンかダンサーに合うといった具合だ。
昼間は子供達が無邪気に遊ぶ舗装されていないSTREETは、夕方には小中学生によってサッカーグランドと早代わりし、日が暮れるとBARや屋台が並び、近所の若い連中や大人が集まってき
てビールやカフェノアールなどおもいおもいのドリンクで話に花を咲かせてる。
土曜日になるとSTREETは盛り上がる。
どこかしらの家の庭を開放してディスコにしていたり、空き地を利用してサバールパーティがあったり、土曜日だけのクラブが営業されたり、誰かが家を開放して誕生日パーティと称してDJよんだりで、どこかしらで爆音がながれていて、それは明け方まで続く。
道にはワクワクしたエナジー全開の吼えまくる若い男が群れて歩き、その前にはばっちり決めた女の子達が爆笑しながら歩いていたり、かと思うとそのむこうでは男達がビールのビンを片手に怒鳴りあいながら殴り合っていたりする。かと思うと、いつものBARでは若いミュージシャンがゴンゴマ奏でて歌ってるWITHジョイント、な世界。異世界。完全に日本の裏側ってかんじ。
ここらのパワーの有り余った奴らが発散できる、一週間の一度のイケイケNightが土曜日だ。
そんな土曜日とは対照的に翌日曜日は朝から本当に静か。
昼は人があんまり歩いていないし、サッカーはやってるけど夜のBARにも人はまばら。
休みの日は休み、らしい。これがシンバヤだ。
ここらの男達のウィークデイの朝はカフェから始まる。
完全に掘っ立て小屋にしか見えないこれらのカフェはシンバヤ地区だけじゃなくどの地区にもあり、飲食だけじゃなくちょっとした日用品(石鹸とかペンとかケータイのプリペードカードとか)なんかも売っていて、軽くコンビ二みたいなポジションも兼ねている。
飲食メニューはどこもだいたい似たり寄ったりで、カフェノアール(エスプレッソみたいなもん)が一番安くて500FG(約10円)、カフェオレはコンデンスミルクとネスカフェのインスタントにお湯を注ぐスタイルで2000FG(約40円)くらい。
こっちの人はとにかくカフェノアールでも紅茶でも砂糖を人でも殺しかねない量を入れるのが普通なので、カフェオレなんか注文したら「ミルク、ノノ・ドゥニ!(ミルクはちょっとにして)」と言わないと蜂が集まってくるんじゃないかっつーくらい激アマなやつが出てくる。甘党を越えた!
俺が毎朝行っていたのはファムドゥメゾンから徒歩3分のアラサン・カフェ。
ここはミュージシャン達のたまり場で俺の先生だったママディ・クルマ師やサーヨン・カマラ師もご愛用。
朝の定番メニューはオムレツカフェ5000FG(約100円)。
これまた世紀末的な大量の油で揚げるように焼いた卵を、マヨネーズをぬった20cmくらいのフランスパンにはさんだサンドイッチとカフェのセット。
最初見たときは凄い油の量に、「この店主、俺が外人だから嫌がらせか?」と妙な勘ぐりをするぐらいだった。
慣れるととてもおいしく、後半は自分でコンビーフの缶詰を買ってきてトッピングしてもらったり工夫できて楽しめた。パンはさすが元フランス領、クオリティは高い。
朝はだいたいこれが主流。
みんなカフェで腹ごしらえしてからそれぞれの仕事に向かう。
ファムドゥメゾンは結構多く人が住んでいる。
ファムドゥ師匠の一番目の奥さんであるママ、その娘のクラコ、ファムドゥの妹のマーロ。ファムドゥ子息のフォデ・コナテとその奥さんで元ダンサーでありサンバンフォラのシリー、そして彼らの子供達。
俺が滞在している間にここで結婚式を挙げたクルサ地方出身のドゥンドゥンフォラのシラファとカナダ人の奥さんのシンティア。
サンバララ出身のお手伝いの女の子アラマタ、若手ジャンベフォラのカバ。
そして一年のうち半年だけここにいるファムドゥ師匠。
毎日賑やかでさながら昔の日本の大家族のよう。
そしてここはいつもだれかしら訪問者がいる。
ファムドゥ師が昔在籍し監督を務めていたバレエアフリカ時代の友人ミュージシャンやダンサー達、偉大な人たちがいきなり木陰でくつろいだりしていて結構あせる。
ママディ・ケイタ師の妹さんで元アマゾネスのアイシャさんや、現在日本に在住していてこの時期ギニアに帰国していたソロ・ケイタさんにもしょっちゅう会った。
滞在中ここのメゾンが一番幸せな空気に包まれたのは、3月6日に行われたシラファとシンティアの結婚式だった。シンバヤ中のファムドゥファミリーや関係するミュージシャンが集まり、二人の結婚を祝福した。
40日間滞在させてもらったファムドゥ師匠の家。
沢山思い出ができた。
またいつか必ず帰ってこよう。