さよなら硫黄島
黒島と竹島から硫黄島に戻ったのは11月12日。
次の日13日に僕らは硫黄島を出た。
本当の本当のお別れの時だ。
前日の12日の夜は各自それぞれ思い思いに過ごした。翌朝、大きな荷物を抱えて港に向かった。9時半の鹿児島行きフェリー三島に乗るのだ
。
半年前にこの港に初めて降り立ち、期待と緊張でテンパリながら島の皆の前で挨拶をした。まだ自己紹介もぎこちなく、遠慮しながら話した。
港には”ようこそ硫黄島へ”の横断幕に加え子供達がジャンベ演奏で出迎えてくれ、とてもうれしく感動した。
そしてそれから半年間、この港で時には出迎えでジャンベを演奏し、時には見送りでジャンベを演奏した。
その港に着くと、やはり子供達がジャンベを演奏する準備をしていてくれた。
半年たって、全員の顔もはっきるわかる。思い出が沢山ある子供もいる。子供達だけじゃない、そのファミリーやお爺やお婆まで沢山の人がそこにはいた。
皆が見送りに来て下さっていた。
船が入ってくるまでの間、僕らは最後の挨拶をし、子供達の演奏が始まった。
こうして硫黄島での半年間の生活は完了した。
硫黄島の皆さん、本当にありがとうございました。
おおきな感謝を。
次の日13日に僕らは硫黄島を出た。
本当の本当のお別れの時だ。
前日の12日の夜は各自それぞれ思い思いに過ごした。翌朝、大きな荷物を抱えて港に向かった。9時半の鹿児島行きフェリー三島に乗るのだ
。
半年前にこの港に初めて降り立ち、期待と緊張でテンパリながら島の皆の前で挨拶をした。まだ自己紹介もぎこちなく、遠慮しながら話した。
港には”ようこそ硫黄島へ”の横断幕に加え子供達がジャンベ演奏で出迎えてくれ、とてもうれしく感動した。
そしてそれから半年間、この港で時には出迎えでジャンベを演奏し、時には見送りでジャンベを演奏した。
その港に着くと、やはり子供達がジャンベを演奏する準備をしていてくれた。
半年たって、全員の顔もはっきるわかる。思い出が沢山ある子供もいる。子供達だけじゃない、そのファミリーやお爺やお婆まで沢山の人がそこにはいた。
皆が見送りに来て下さっていた。
船が入ってくるまでの間、僕らは最後の挨拶をし、子供達の演奏が始まった。
こうして硫黄島での半年間の生活は完了した。
硫黄島の皆さん、本当にありがとうございました。
おおきな感謝を。