亡き爺の話です。
猫ではない。
ワタクシの父。
爺はもともとは図面引きでございました。
陸軍経理学校で一級建築士の資格を取って大陸に渡るところだったんですが長岡で終戦。
家に戻ったら焼け野原で長男の兄はフィリピンで戦死しておりました。
大工の息子だったんだけど実母に期待されてなかったもんだから家業は継がず戦後の復興に沸く土建業界に資格を生かして就職。
金ーもってんぞーっ!!
ということでハーレーブイブイ言わせてたのがこの時代。
愚連隊か!!!
ですが
時代が落ち着いてきまして若い方々が新しい技術工法など学んでいらっしゃると
才能というものの差が見えてきちゃうんですね。
爺、
実母に期待されてなかったくらいだから本当にそっち方面に才能がない(/_;)
努力家ではあるから学んだことは使えるんだけど
いわゆるげーじつ家肌?の困ったチャンで、
勘違いおやじだったもんですから世間様の要望に合わない不思議なお家を建てたがるんですな(^_^;)
実際
ワタクシの実家1はすごかった。
所謂今でいうフローリングのリビングの中に二畳の畳敷きがあり、そこは30センチくらい上がっているのですよ。
そこにガラス張りのショーケースのようなものがあって中に日本刀と鎧が飾ってある。
伝来のものではないですよ。
御一新の時にご先祖様が何もかも捨てて逃げてきちゃったし、手持ちのわずかなモノも大戦で焼けちゃったから。
高度成長期に買い集めたんですな。
床にはソファ、
後ろに畳で刀を
ポンポンポン・・・・・
昔のハリウッド映画のやくざのうちかっ!!!!!
(-"-)
で、
大工の息子なんだから技術はあったんじゃないかと思いますでしょ?
ないんですよ
鶏小屋を作るというので生暖かく見守っておりましたが、
翌朝起きたら鶏が庭でミミズをつついておりました
しかし、
神様は爺を見捨てなかったんでございますね。
神様は爺に
誰にも負けない口のうまさをお与えになりました。
んで、
以来営業マンとして手腕を披露し、
地方ゼネコンとはいえ結構なところまで出世した模様。
ワタクシはいらなくなった烏口や雲形定規を玩具に育ったのでございます。
人間、
向き不向きってあるな・・・・・。
ブログネタ:何年やったらプロ?
参加中
プロはねー・・・・・
年数だけではないんですよ。
爺は決して図面引きのプロではなかったと思いますから。
年数やってってもダメなものはダメねー。
こればっかりはねー。
お陰様でワタクシは
口先で仕事するな!!
仕事中は黙れ!!!!!
という人間に育ちました(-"-)
建築を目ざすフレッシュな皆さん!!
是非皆さんは
お客様のニーズ
というものに気を配ってくださいねー。
がんばれーっ!!