「ケヤキの神」のルーツを辿る旅 | AIR-GROUP ALL-BLACK社長 神谷ナスカ

「ケヤキの神」のルーツを辿る旅




おす

お時間頂きます




さて前回はシャンパンコールの歴史は約25年という所まで


今回は今なおシャンパンコールで使用される事が多く筆者のパッシブスキルの一つとなった「ケヤキの神」という曲について考察していく



まずは原曲について


23年前の1997年にはリリースされている



そして筆者のホストデビューが16年前の2004年
ホストデビューの経緯については割愛するがオンステージというサイトで新規出店のオープニングメンバー募集で特に何も考えず



「Dolcezza」(ドルチェッツァ)
メトロプラザ2ビル4階



というホストクラブを選びその日のうちに歌舞伎町へ向かった



まだ店はオープン準備中で経験者は3人、残りは未経験の自分含めて6人ぐらいだった



長くなるので割愛しまくるが「大阪の北新地に同名の本店がある店の東京進出店」だったのだ



なので大阪の本店メンバーが東京のグランドオープンの手伝いに来て教えてくれたシャンパンコールが「ケヤキの神」だったのだ



当時大阪店の代表だった人が自分のケヤキの神の師匠なのである



なので自分の知る限りではケヤキの神のルーツを辿るにはこの師匠に聞く、またはこの師匠を知る人物を捜すのが「ケヤキの神のルーツ」の真実に一番近いのである



が既にとっくの昔にこの店は無くなり、この師匠も飛んだので詳細不明なのである



そしてもう一つこのSNSを駆使してルーツを辿る上で非常に問題なのがこの師匠の源氏名があまりにも特殊、そして北朝鮮拉致被害者である横田滋さんの訃報にあたりSNS上でばら撒く事はモラルに欠く行為になるので書けない、そういう源氏名だったのです。




ちなみに師匠は同世代ぐらいの年齢でとても背が小さい人だったが今でも鮮明に覚えてる程にケヤキの神が上手かった



まとめると
2004年、大阪北新地にDolcezzaというホストクラブの代表が「ケヤキの神」を使っていた、が自分の知る限り一番古い歴史である



これより前に「シャンパンコールのケヤキの神」を知っているという人はDMください



余談だが筆者は千葉県出身なのでだんじり祭りとは縁もゆかりも無い



そして2004年11月のDolcezzaグランドオープン当日、ホストデビューしたその日からケヤキの神をやり続けて(それしか知らなかった)2年半後にエアーグループのALLに移籍しシャンパンコール練習に参加して披露してみたらバズり、エアーグループの系列店にも教えに行く事になったのである



16年以上ケヤキの神をやり続けてるのである




原曲者であるIKECHANにはカラオケ印税は調べる限り1曲あたり5円の印税が発生するという事




┗(╮╯╭)┛ポティトゥ




ひょっとしたらご本人以上にこの歌を歌っている可能性もあるんじゃないかと思ったりもする



ここからは憶測に過ぎないが、大阪のだんじり祭りに対する想いはとても強いものであるのは関東の自分にも分かるので「ケヤキの神」をシャンパンコールで使い始めたのは大阪のホストクラブのどこかの誰か



流れ流れて自分に引き継がれ




たまたま前職のパチンコ屋で学んだマイクパフォーマンスと噛み合い、エアーグループという華やかな舞台で更に広まり俺の喉仏は変形した



以上ケヤキの神のルーツを辿る考察でした