病人の固執した考えや、不幸せな人の執着を不思議に思っていた。

 

なぜ周りが見えていないのだろう、、

 

あなたにとって幸せなとこなのに、

なぜそれを選択しないのだろう、、

 

なぜ手放して前に進めないのだろう、、

 

と。

お気楽なわたしはそう考えていた。

それは健康だった証だったのかもしれない。

 

けれど合理的に判断できたのは“当事者”じゃなかったからーーー。

 

今ならそうハッキリ言える。

知りたくも解りたくもなかったけれど、私は“当事者”になった。

 

また私は人生の深みを知ることになった。

これがわざわざ身をていして知るほどのモノーー人生ーーだったのか疑わしいけれど

 

患ってしまったのなら仕方がない。

私は患った経験すべてを【人生の糧】として生きよう。

 

 

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前置きが長くなって申し訳ない💦

 

私はしがない32歳。

在宅勤務をしながら細々と生活している。

 

病気とは無縁だと思って生きてきた平凡女性。

30代を前にして身体にガタが出て、病を患う。

 

そんな人生のとなりに病気がある日常の記録を

このブログに綴りたいとおもう。

 

ーーーー記録を終えたあかつきには完治という言葉を残すことを目標にしながら。

 

 

 

 

 

令和7年(2025年) 8月下旬

 

異常気象の夏の猛暑もまだまだ継続中の頃、

私は最近はまった映画鑑賞に胸をおどらせていた。

 

明日は朝から映画館へいき、2本の映画を鑑賞しようと予定を立てる。

その意気込みはxにもポスト済みで、完遂するのが楽しみに眠りについた。

 

だが真夜中に突然の腹痛で寝布団から起きあがる。

 

ちょうど生理中だったので、いつもの生理痛だとおもいトイレへと急いだ。

 

しかし、徐々に痛みはひどくなり、お腹はギューッと力がはいって緩まない。

冷や汗がでて、その場から一歩も動けない、、あげくのはて意識も朦朧とした。

 

何十分格闘しただろう。

座った状態がたもてなくて便座下でうずくまったりしながら、やっとこさで布団にころがった。

 

お腹にはカイロを貼り、痛みが少し和らいだうちに、眠りについた。

明日にはよくなっているだとうと思いながら。

 

 

ー翌朝ー

 

立てない!!!

 

これはもう衝撃だった。

お腹が筋肉痛のようにこわばって痛くて立てない!歩けない!

 

私は生理痛は軽いほうで、薬も今まで服用していたこともない。

それぐらい生理痛で悩んだことはないし、無縁の生活だった。

 

なので、生理痛で立てない、歩けないなんてビックリ。とても驚いたのだ。

 

これが生理痛か、、、生理痛がひどい人の気持ちがやっと理解できた、、、。と思いながら

映画館に行けないくやしさに半べそかいていた。

 

それはxにもその心情をつづった(笑)

 

 

 

腹痛は次の日も続いた。

なんとか立てるようにはなったけれど、お腹のじくじくした痛みは健在だった。

 

尋常ではない痛さに婦人科を受診しようと思ったが、

婦人科クリニックがたくさんありすぎてどこを選んでよいかわからなかったのと、

生理も終わっていたし、痛みもないのに受診しても意味ないのでは?

 

と思って受診する動機がうすれてきてしまい、

 

さらには3日目には通常どおりの生活にもどれたので

面倒くささが勝ってクリニックには行かなかった。

 

 

それから生理中はお腹に力をいれないようにしたら少し痛いだけで済んだので、

そのように対処して生理とつきあっていた。

 

問題が起こったのは、1度目の激痛で動けなかった日から少したった

 

 

令和8年10月中旬、

またお腹の激しい痛みがおそった。

 

私は仕事中だったので、離席することを伝えトイレにこもった。

ぎゅーっとお腹が収縮するように力んで動けないのはもちろん、

冷や汗、吐き気、頭痛までの三重苦の中、激痛に耐えていた。

 

あまりの痛さに電話で仕事に戻れないことを伝えた。

朦朧としながら伝えたので支離滅裂な報告になってしまったが💦

早退することになった。

 

PCで会社に終業報告というものを送信しないといけないのだが、

電話を切った後も動けず、うすくまったまま気づいたら40分ほど経過していた。

トイレに籠った時間も考えると1時間は痛みに耐えていたかもしれない。

 

(会社からは容態が落ち着いたときに送信してくれたらいいと許可ももらっていた)

 

終業報告も無事送信でき。

 

やっと動けるようになったが、吐き気と軽度の痛みは継続していた。

 

 

私は心配になり友人に電話をした。

このような状況をひととおり話したら、すぐ病院に行った方がいいと言われた。

 

評判のいい婦人科を探すからまってて!

薬もってないの!?

薬もっていくように知り合いに伝えるから、受け取ったらすぐ飲んで!

 

みたいなやりとりがあり、

本当にありがたいことに知り合いが薬を届けにきてくれた。

 

すまない、、なんせ生理痛に悩んでこなかったから薬とは無縁だったのだ、、、

 

はじめて知ったロキソニン!なんて効果なんだ!

この薬を発明した人はすばらしい!偉大な人だ!

 

なんて感動した。めっちゃした。

 

それから車で30分ほど離れたクリニックが評判がいいことを教えてもらって向かった。

親身になって相談にのってくれた友人には感謝しかない。

 

私は車を所有していない、、

バスで行けないこともないのだが、

薬で痛みはひいても、違和感があったので、タクシーを使うことにした。

 

タクシーを使ったほうが早いしね。

 

 

そしてたどりついた婦人科クリニック。

平日なのに人はまぁまぁいて、やはり評判のいいクリニックだと思った。

 

女医さんだと気が楽だな~なんて思っていたけど、全然男性だった。

 

くの字で歩く私を見てどう思ったかな。

痛みで腰を曲げて歩くことしかできないのだ。

 

緊張しながらお腹にエコーをあてられて。

診ていた医師が一言。

 

 

先生:大きな病院の紹介状をだします。

 

一瞬、何を言っているかわからなかった。

私は戸惑いながら詳しくきいてみると、状況は思ったよりも深刻だった。

 

このクリニックでは精密に診ることはできず、大きな病院で検査した方がよいこと。

場合によっては手術が必要であること。

卵巣に腫瘍があること。

 

先生は表情ひとつ変えずに事実を伝える。

和んだ雰囲気ではなく緊張感のある表情が事態の深刻さをものがたってるようだった。

腫瘍ときいて、わたしは大変な病気をしてしまったのかもしれない、、、と焦った。

 

良性の可能性が高いけれど、大きな病院での検査が万が一、悪性のものだと告げられたら、、、。

 

不安はあれど、まだ現実を受け入れられなかった。

 

 

私は友人にお礼の連絡を送る中で、結果の報告もした。

心配して薬を届けるよう言付けしたり、クリニックを紹介してくれたのだし、

結果の報告もするのが筋だと思ったからだ。

 

 

友人はそれはそれは親身に聞いてくれ、

紹介状を書いてもらった大学病院にも一緒についてきてくれるという。

 

友人は私を病院まで快くおくってくれるというので、

本当は自分の性格上、遠慮してしまうところだが、

これもご縁と思ってご厚意に甘えさせてもらうことにした。

 

 

早く検査して安心したかったが、

大学病院の最短予約がーーーーなんと1ヶ月後!!!!?

 

 

ひぇ~、、とんでもない焦らしだ、といじけたい気持ちになったのは置いといて。

 

 

不確定な不安はありつつも、

お腹を冷やさないように大量のカイロを買い、毎日欠かさすお腹にあてて

海藻類を食べたらいいと聞き、ワカメをむしゃむしゃ食べ、

細胞を回復・修復させるサプリを服用したり、

 

大学病院受診日までの1か月間

自分なりのケアを一生懸命しました。

 

 

悪性の病気ではないこと、いい先生とめぐりあえること、処置がかるくあること

 

色々なことがよい方向へむかうように

この切実さが報われるといいと願っていました。

 

 

なんでもこのときの私はことの重大さを把握できてなかったし、

まだまだ現実を直視できてないところもありましたね、、それはまた今度お話ししましょう。

 

 

 

次はいざ大学病院へ!続く!